
花粉症の症状は人それぞれ。飛散量が少ないのに重症化する人もいれば、多くても軽症ですむ人がいます。また、コロナ禍で屋内や公共交通機関の換気の機会が増えると、体内に取り込む花粉の量は増えてしまいます。そんな新時代の対策法を、研究者や医師に伺いました。
資料提供:埼玉大学大学院 王青躍教授
春先になると悩まされる花粉症。今年の飛散量はどの程度か、気になる人も多いのではないでしょうか。
「花粉が飛び始める頃から、例年に比べた飛散量が盛んに報道されますが、症状の重さと飛散量は、実はあまり関係がありません」
こう言うのは、花粉症やアレルゲン(抗原)研究の第一人者で、埼玉大学教授の王青躍教授です。
「花粉症というものは、花粉そのものではなく、花粉から発生するアレルゲンに反応して発症します。ですから、飛散量と花粉症患者数、症状の重さは、それほど関係がないのです」
では、花粉症の発症のしくみはどうなっているのでしょうか。
「スギやヒノキが多く生えている山間部などで、春先から花粉が飛び始めます。最近では温暖化のせいか、年末でも少しずつ飛び始めているようです。その花粉が都市部などにやってくる間に、大気汚染物質と遭遇したり、水分を含んで破裂したりしますので、どんどん小さくなってしまうのです。その時に、花粉症の元になる微細なアレルゲンが発生するのです」
アレルゲンには、ヒスタミン、ロイコトリエン、トロンボキサン、PAFなどがあります。ヒスタミンという名前は良く目にします。
「花粉症の薬の中心になっているのは、抗ヒスタミン成分です。ヒスタミンがアレルギー反応を引き起こすため、それを阻害するのが抗ヒスタミン薬です。このアレルゲンが一度体内に入ると、H1受容体という抗体ができます。そして二度目以降、体内に入ったときに抗体が反応するのです。これが花粉症の症状です」
西洋薬と漢方薬を組み合わせて処方することで知られる、千代田漢方内科クリニックの信川益明院長は、抗ヒスタミン薬についてこう説明します。
「主に、鼻の粘膜や目から入るため、鼻や目がかゆくなるというわけです。ヒスタミンは脳の中にも存在します。集中力や判断力、作業能率、覚醒の維持という重要な役割を担っているのですが、抗ヒスタミン剤を服用すると、脳内のヒスタミンのはたらきまで抑制されてしまいます。これが鈍脳という状態で、集中力が落ちたり、眠くなったりします。花粉症の対症療法的な治療薬を服用すると眠くなるのは、このせいです」
花粉症の季節は、受験を控えた学生などは夜遅くまで勉強する、追い込みの時期です。そんなときに薬で眠くなったり集中力が切れたりするのは避けたいところです。
日常的に車を運転する人なども、眠気が出ると危険です。
「最近は鈍脳を起こしにくい抗ヒスタミン薬も増えています。抗ヒスタミン薬には、第1世代と第2世代があります。第1世代は鈍脳に結びつく作用が強いのですが、抗アレルギー薬と呼ばれる第2世代は、より鈍脳を起こしにくいように開発されました。ただし、その薬が花粉症に効くのかは、人それぞれなのです。鈍脳を起こしにくい薬が効けば良いのですが、効かない場合は別の選択肢をとらなければなりません」
信川先生は、アレルゲンが体内に入ると即座に発症するのではなく、発症のタイミングや症状の重さは、個人の体質や体調によって異なると言います。
「仕事や勉強が忙しくて寝不足だったり、激しいストレスを抱えていたりすると、身体の免疫力が落ちます。そうするとアレルギー反応がひどくなる傾向があるようです。まずは日々の生活を見直して、免疫力を上げることが一番の予防になるかもしれません」
症状のひどい人が、ある時期を境に症状が軽くなったとか、ほとんど出なくなったということもあります。また、ほとんど出なくなったあと、数年後に再発する場合もあるようです。
「仕事が激務だったり、暴飲暴食を繰り返したりして免疫力が低下しているときに、花粉症がひどくなることがあると思います。若いうちは、体力勝負で激務をこなすこともあると思います。また、一定の年齢になると、身体の衰えで体力が落ちたり、大きな病気を経験したりすることもあるでしょう。仕事で責任のある位置に付いてくると、若い頃とは別のストレスがかかるかもしれません。そんなことで花粉症がひどくなるケースも少なくありません」
お話を伺うと、目の前にある花粉症への対策と、花粉症になりにくい身体と心になることの二つが必要だということが分かりました。
「目の前の症状に対処するには、基本的に花粉に触れないようにすること、つまりマスクやうがい、家の中に花粉を持ち込まない、アレルゲンが大量に発生する場所はなるべく避ける、などが大切です。その上で症状が出たら抗ヒスタミン薬や漢方などの薬に頼ることですね。さらに、アレルギーを引き起こしにくい身体に体質改善をしていく長期的な対策を行うのがいいと思います」
次回は、花粉症を引き起こしやすい「場所」について伺っていきます。
埼玉大学教授。都市大気汚染計測、対策技術、再生可能なエネルギーの研究と同時に、花粉症原因物質の飛散挙動、PM2.5などの大気汚染による花粉症への増悪、花粉や大気汚染対策研究を行う。NHK「おはよう日本」をはじめ、近年110回以上のテレビ番組等に出演・解説。ほか、新聞・学術誌でも研究成果も数多く取り上げられている。
漢方薬と西洋薬を組み合わせた治療を行う千代田漢方内科クリニック院長。内科一般、漢方全般を診る。アレルギー、皮膚科の治療の評判が高い。医学博士、慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了、慶應義塾大学医学部教授を経て、現職。(一社)日本健康科学学会理事長、厚生労働省委員、(一社)日本健康食品認証制度協議会理事長なども務める。
取材・文◎坂井淳一(酒ごはん研究所)