貯金ゼロでも大丈夫!? 50歳から考える、老後のお金

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老後学ぶお金

わからないのはこの3つ。
「なんとなく不安」の正体を知る

 私はいろいろなところで老後のお金について講演をする機会があります。その場で「みなさんは老後のお金について、不安がありますか?」と質問すると、ほぼ例外なくうなずきます。
 続けて、「では、みなさんは自分が年金をどれぐらい受け取れるのか、そして日常の生活費がどれぐらいなのか、当然ご存じですよね?」とたずねると、とたんに誰もが下を向いてしまいます。

 でも、これはある意味当然です。なぜなら「不安」の最大の原因は「わからない」ことだからです。

 みなさんがわからないことは、大きく3つに分類されます。

  1. 老後にどれぐらいお金が必要かわからない(支出)
  2. 老後はどれぐらいお金が入ってくるのかわからない(収入)
  3. どれぐらいお金があれば安心なのかがわからない

「①支出」と「②収入」の両方がわからなければ、「③どれぐらいあれば安心か」がわからないのは当然ですね。

老後資金に1億円必要、は本当?
老後の「支出」を考える

 まず支出から考えてみましょう。よく雑誌などで「老後の生活費は1億円かかる」と目にすることはありませんか? この数字は、公益財団法人生命保険文化センターが3年ごとにおこなっている「生活保障に関する調査」で、全国の18~69歳の男女4000人あまりから回答を得たアンケートデータを元に作成されています。

 このアンケートによれば、老後の夫婦2人が暮らしていくには「月々最低いくら必要か」、「ゆとりのある老後生活を送るにはその金額のほかにあといくら必要か」、その2つの答えの平均がそれぞれ22.1万円と14.0万円で、合わせると月額36.1万円になります。この金額を65歳から90歳までの25年間支出し続けると、その総額は1億830万円になる、ということから「老後の生活費は1億円が必要」と言われているのです。

 多くの人が勘違いしているのは、これはあくまでも老後の生活費が「トータルで1億円が必要だと考えられている」ということであって、「老後には1億円を備えないと不足する」というわけではありません。実際には公的年金の支給がありますから、1億円を用意しておかなければならない!と必要以上に焦る必要はありません。

「支給」を知ることが安心に。
年金を“見える化”する効用

 では具体的に、国から支給される「公的年金」はどれぐらい支給されるのでしょうか。

 厚生労働省が発表している2023年度の年金額改定によれば、モデル夫婦2人分の年金額は月額22万4482円となっています。この金額が生涯、つまり死ぬまで支給されます。65歳から90歳までで計算すると、支給累計額は約6734万円となり、定年まで勤め人として働いた場合、何もしなくてもこのくらいの金額は受け取ることができます。先ほどの「1億円」のうち、6~7割はカバーされる計算です。

 生活の基礎となる部分については公的年金、場合によっては企業年金で大部分をまかなえると考えてもいいでしょう。これに加えて、預金や運用資産、投資信託といったものがプラスされます。

 しかし、ここまでお話してきたのは、あくまで平均的な数値です。実際に自分の場合はどうなのかということを明確にしなければなりません。つまり“自分のお金の見える化”が大事だということです。

 公的年金の支給額を確認するためには、50歳以上であれば毎年送られてくる「ねんきん定期便」、年齢を問わず将来の受け取り見込みが手軽にシミュレーションできる「公的年金シミュレーター」が便利です。
 “見える化”の最大の効用は不安がやわらぐことです。世間には、老後不安を商材にして、質の悪い金融商品を売りつけようとする金融機関もあります。不安のために焦って判断をしないためにも、将来にわたる自分と家族の生活に関する収支を把握することが大切なのです。

 また、公的年金については、「年金なんて将来あてになりませんよ」と、多くの人がネガティブなイメージを持っているようです。

 しかし、「終身で支給」「物価連動で支給額が決まる」「国の年金積立金は十分ある」など、実は日本の年金システムは世界的にも優れています。厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2019年版)によれば、年金だけで生活している世帯は48.4%にのぼります。約半分の世帯が、公的年金だけで暮らせているということで、安心できる制度だということがよくわかります。

年金を増やして「安心」につなげる3つの方法

 公的年金は決まった額しかもらえないと考えている人が多いと思います。だからこそ、自分で資産運用して老後資金を増やそうとしている人がたくさんいるわけです。しかし、実は公的年金を増やすことも可能ですし、私もそれを実践してきました。

【1】夫婦ともに厚生年金に加入して働く

 妻がずっと専業主婦だった場合のモデル年金額は、夫婦2人で月額22万円ほどですが、単身の場合だと、厚生年金加入者であった場合の年金支給額は15万円程度になります。このことから、夫婦で厚生年金に加入し、かつ同じぐらいの収入を得られているのであれば、単純計算で30万円になります。ライフスタイルをどう考えるかの問題なので、どちらがいいか一概にはいえませんが、「年金額を増やす」という点に限っていえば、共働きで収入を増やすというのは大きな効果を生むといえるでしょう。

【2】長く働く

 現在既に50代の方にとっては「定年後、仕事をどうするか?」によって年金の受取額が大きく変わります。国民年金は、原則60歳までしか加入することができず、加入月数にも上限がありますが、厚生年金は上限がなく70歳までは加入し続けることができます。つまり、定年で完全に仕事を辞めてしまう場合に比べて、10年間、保険料納付を延ばすことで、その分受取額を増やせるのです。
 60歳で仕事を辞めてしまうというのは、平均寿命が65~70歳だった頃の話。人生の晩年の5年か10年を年金で暮らす、というのが一般的だった時代の考え方です。今の60代は、まだまだお元気な方がたくさんいらっしゃいます。働けるうちはできるだけ長く働いて、年金を増やすことを考える時代になってきているのではないでしょうか。

【3】年金受給開始を繰り下げる

 年金額を増やす方法として、最も効果の高い手段です。公的年金の支給開始は原則65歳ですが、60歳から75歳までの間でいつでも好きな時に支給を開始できます。受け取り開始を60歳に繰り上げると、通常の支給額より24%減となり、それが生涯続くことになります。一方、「支給開始を遅らせてもいい」と70歳まで繰り下げると42%増額、75歳からであれば84%増えることになります。
「早めに年金をもらって株で運用する方がいい」と言う人もいますが、それは大きな間違いです。なぜなら運用にリスクはつきものですが、繰り下げの場合は、リスクなしで増額された金額が確実に、生涯にわたって受け取れるからです。

もっと安心を手に入れたいあなたへ。
資産形成は50代でも遅くない! 

 現代においては、男女ともに平均寿命が80歳を超えており、これは今後も伸長していくでしょう。50歳といえどもまだ30~40年ぐらいの人生があると考えると、投資を通じた資産形成は50歳から始めても決して遅くはありません。

 資産形成における最大の敵は手数料と税金という「コスト」です。iDeCoとNISAは、利益に対して税金がかからないということを考えると、投資をする際にはぜひ利用すべき制度だと思います。
 iDeCoは、60歳まで引き出せない仕組みですから、自然に老後の資産形成ができますし、2024年から始まった新NISAでは、ある程度まとまった資金でつみたて投資をすることもできます。

 公的年金・企業年金の受け取り方は、2022年の制度改正でかなり選択肢が広がりました。自分の働き方、ライフスタイルをあらためて見直して、老後の「支出」と「支給」を確認することから始めましょう。そして、もっとお金を備えておきたい!という場合は、気づいたときから資産形成に挑戦するのも一つの手段です。

 お金の不安は、知ることで解消されます。むやみに怖がったり、「もう遅い」と考えたりするのではなく、自分の暮らしにあわせ、気づいたときから準備に取り組むことが重要です。

「50歳からやってはいけないお金のこと」
(大江英樹/PHP研究所)

大江英樹(経済コラムニスト)

大手証券会社に定年まで勤務した後、2012年に独立し、オフィス・リベルタスを設立し、代表に。資産運用やライフプランニング、行動経済学などに関する講演・研修・執筆活動などを行っている。著書に『50歳からやってはいけないお金のこと』(PHPビジネス新書)など。

構成◎藤本あき
画像提供◎shutterstock

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