断熱&気密 大解剖[第4回]

家がこんなに寒くて暑いのは、先進国では日本だけ

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日本の家は「冬寒くて夏暑い」が標準仕様

「日本の一般住宅の健康性や快適性は、ヨーロッパと比較すると、残念ながらとても低いレベルにあります。アジアの中でも、韓国や中国に比べてハイレベルとは言えません。設備の高効率化はある程度進んでいますが、建物の性能が低いために、健康・快適な温度レベルに暖冷房を利用すると、暖冷房費がかなり高額になってしまいます。日本の普通の家は、世界の標準的な家と比べてみると『冬が寒くて夏も暑い家』になっているのです」

 その原因は、言うまでもなく住宅の断熱性や気密性が低く、室内と室外の『熱の出入り』が多いから。つまり「大量の熱が逃げたり侵入したりする」のです。壁や床や天井の断熱性が低いばかりでなく、建物にすき間が多く気密性が低いため、外の冷気や熱気が入りやすいというわけです。

「空調機器でせっかく暖めたり冷やしたりした空気や熱が、建物の外皮から外にどんどん逃げてしまう。だから『冬は寒く、夏は暑い』家になっている。その結果、冷暖房の費用もかさみます。『気密化』という言葉は『断熱化』に比べてなじみがありませんが、断熱化と気密化はセットで行うもの。同時に行わないと意味がありません」

 これまで日本の住宅は、断熱性や気密性についてほとんど配慮せずに建てられてきました。その背景には夏を基準にした、通気性の高い家づくりがあります。それも裏を返せば「冬は寒い家」になります。そのため「冬は寒くて当たり前」「寒いのは我慢するのが当然」という常識が広まってきました。

 そろそろ、こうした常識から脱却し、新築、リフォームにかかわらず、安全性と快適性を最優先した家づくりを考えるべきだと、前先生は指摘します。

「断熱性と気密性は、住宅の最も大切な基本性能のひとつです。断熱性と気密性をしっかり確保すれば、『冬は暖かく、夏は涼しい』快適な家が実現できるのです。しかも、冷暖房費も大きく節約できます。ところがほとんどの人がその重要性を知りません。住宅を建てる際に、どのくらい断熱性と気密性を確保すればいいのか、今の日本社会には常識や合意がないのです」

時代遅れといえる
低い日本の省エネ基準

 日本の住宅の断熱性と気密性が世界レベルから考えて不十分な状況にあり、その結果、住む人にとって「危険で不快」になってしまった背景には、国が定める住宅の省エネルギー基準が、時代に先駆けるどころか、常に「時代遅れ」のままになっていることも大きな理由です。

「個人の住宅に対する省エネルギー基準、断熱性や気密性についての基準が初めて定められたのは、今から約40年前の1980年。オイルショックの直後に慌てて建物性能の基準が定められたのですが、今から考えると非常にレベルの低いものでした。なにしろ東京などの温暖地は、単板ガラス+アルミサッシという断熱性能皆無の窓でOKだったのですから。そしてバブル期のピークには、この低レベルな基準に基づいて、年間に約180万戸もの住宅が建てられました。その結果、断熱性や気密性の乏しい『寒くて暑くて危険で不快な住宅』が、圧倒的に多数存在しているのです」

 当時の住宅では、コンクリート打ちっぱなしとか、デザイナーハウスのような「見た目」が重視され、快適さや安全性は軽視されていました。

「バルブ期の家に住んでみると、奇をてらったデザインやプランのせいで、とても住みにくい。屋外よりも室内の方が夏暑く冬寒く感じてしまう家もザラにあります。そんな居住の本質を見失った住宅づくりが、当時は盛んに行われてしまいました。あの頃に、断熱性や気密性を考えて住宅をストックしておけば良かったのに。そうすれば、現在のような状況にはならなかったと思います」

 もちろん、住宅の省エネ基準にその後、進化がなかったわけではありません。1992年には、この基準は「新省エネ基準」に、1999年には「次世代省エネ基準」に、改訂されます。そして2016年には「建築物省エネ法」が成立しました。

 ところが、この最新の法律の省エネ基準は、99年の「次世代省エネ基準」と同レベルに据え置かれました。しかもこの99年の基準ですら、住宅を建てる際に義務化されておらず、2020年にようやく義務化されそう……という段階なのです。

「日本の住宅の省エネルギー性の向上はこれまで、住宅自体の性能向上よりも、給湯器や家電などの設備機器の性能向上で実現されてきました。実際、設備機器の省エネ性能は世界でもトップレベル。でも、設備機器頼みの省エネ性能のアップはもう限界です」

住宅のエネルギー消費量が増加し
日本全体の3分の1に

 住宅の省エネ性能の向上は、安全で快適に暮らせるということのみならず、地球温暖化対策として、世界的に求められていることでもあります。日本全体のエネルギー消費量を、産業、民生、運輸の3つの部門に分けて見ると、1990年以降、産業、運輸の2部門では、効率化によって減少しています。

 ところが個人の住宅を含む民生部門のエネルギー消費量は増加しているのです。日本のCO2の排出量を減らし、地球温暖化を防ぐためにも、住宅の省エネ化がかつてないほど求められているのです。

「耐震基準は時代とともに改訂されてきましたから、耐震性という点では、日本の住宅は世界的にもトップレベルにあります。住宅の省エネ性能についても、同じくらいの水準になってほしいですね。そうすれば、日本の家はもっと安全で快適になりますし、家計にも地球にも優しくなります」

(第5回に続く)

お話を伺った方

前 真之(まえ・まさゆき)さん

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授。工学博士、一級建築士。
建築環境工学の第一人者で、住宅のエネルギー消費全般を研究のテーマに、暖房や給湯にエネルギーを使わない無暖房・無給湯という省エネで高い快適性の住宅の開発に注力している。

文◎渋谷康人 撮影◎末松正義

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