和食に合う日本ワイン[第2回]

国産の赤、「マスカット・ベーリーA」

空間
その他
関心
ライフスタイルレシピ

キャンディのような香りがかわいらしい「MBA」

 マスカット・ベーリーAから作られた赤ワインの特長を一言でいうと「チャーミング」です。キャンディや綿菓子のような香りで、タンニンが強すぎず、飲みやすいワインが多いといえるでしょう。ベリーA、ベイリーAと書かれたり、ワインに詳しい方からは「MBA」と呼ばれたりすることもあります。ここでは、ちょっと通っぽく「MBA」と呼びましょう。

 ボージョレの赤ワインに似ているという人もいます。まるでジュースのようと表されるボージョレ・ヌーヴォーではなく、その産地で作られる「ガメイ」という品種のぶどうから作られる上質のボージョレワインを思わせる香りや味わいがあります。

 今回は、価格がリーズナブルで手に入れやすく美味しいワインを1本、そしていまのMBAブームの火付け役にもなったワインを1本、和食と合わせてご紹介します。

フルーティなMBAは醤油、味噌、だしに合う

■白百合醸造 ロリアン セラーマスター マスカット・べーリーA(参考価格 1980円)

 山梨県の勝沼にあるワイナリーです。ワイン名の「ロリアン」は、「東洋」を意味するフランス語。1938年の創業以来、勝沼という土地の風土に根ざしたワイン作りをしてきました。フランスの多くのワイナリーと同様、古くから自社農園でもぶどうを栽培しています。

 ワイナリーの直販サイトで2000円を切る価格のワインですが、第6回サクラアワードでは「ダブルゴールド」「Grand Prix THE BEST JAPANESE WINE」も受賞した、専門家の評価も高いワインです。

 華やかでかわいらしいキャンディや綿菓子のような香りとともに、イチゴのような果実の香りが感じられます。適度な酸もあり、タンニンの渋みは抑えめで、フレッシュさも感じられます。ライトミディアムボディのワインなので、さまざまな料理と合わせやすいワインです。

 MBAと和食との相性はとても良く、だしや醤油、味噌など和食らしい味わいの味付けの料理でも、生臭さを感じることはありません。山梨で人気の「鶏もつ煮」など甘辛い味付けの料理は、甲州よりMBAの方が合うといわれています。

 今回は寒くなる時期に美味しくなる大根を、昆布のだしでことこと炊いて、甘い味噌だれをかける「ふろふき大根」と合わせてみました。

 シンプルに味噌ベースの滑らかなたれもいいのですが、鶏の挽肉を使い、そぼろ仕立てにします。水か料理酒を加えた鶏挽肉を、鍋の中でかき混ぜながら炒りつけ、ぽろぽろになったところで醤油、みりん、味噌を加えて味を調えます。大根は皮を剥いて下側に十字の隠し包丁を入れるだけです。
 米のとぎ汁を使う方法もありますが、大根のかすかな苦みやあくも大根の個性。「大人の味」に仕上げました。

 水からとろ火にかけて、火が通ったら一度火から下ろし、できれば一晩冷ましてからふたたび温め直すと箸で簡単に切れるほど柔らかく仕上がります。
 熱々のそぼろ味噌をかけ、上に柚子の皮をあしらいました。

MBAの世界を変えたワインとうなぎ

■シャトー酒折 マスカットベリーA 樽熟成 キュヴェ・イケガワ(参考価格 3674円)

 もう1本は、山梨県甲府市酒折にあるシャトー酒折の「マスカットベリーA 樽熟成 キュヴェ・イケガワ」です。
 シャトー酒折は比較的新しいワイナリーで、設立は1991年。自社でのぶどう生産も行っていますが、地元のぶどう栽培家と密接な協力関係を築き、栽培家の名前を記したワインをたくさんリリースしています。

 また、ワイナリーのサニテーション(清掃・消毒)を徹底していることでも有名で、醸造家自ら案内してくれるワイナリーツアーでも、ぶどうの質やワインの醸造スタイルと同じくらいサニテーションの重要さについて語るほどです。

 このキュヴェ・イケガワは、カリスマぶどう栽培家の池川仁さんが育てた、それまでのMBAとは比べものにならないほど上質のぶどうを元に丁寧に醸造し、フランス・ブルゴーニュのワインのように15カ月間、樽で貯蔵したものです。
 それまでワイン生産者の間でも「安ワイン用ぶどう」という認識しかなかったMBAの可能性を広げ、いまの日本ワインブームにつながる赤ワインの質の向上を牽引した「日本のMBAのフラッグシップ」といってもいいワインです。

 MBAの個性である果実味に加え、控えめな樽のニュアンスを感じ、凝縮した複雑な味わいです。価格は他のワインに比べやや高めですが、それだけの価値があるといえます。

 もちろん、他のMBA同様、醤油やだし、タレなどによく合いますので、今回はちょっと贅沢にうなぎと合わせてみました。
 うなぎの蒲焼きを買ってきて、もしタレがたっぷり付いているようなら、70℃くらいのお湯で軽く洗い流します。
 一方で、茄子を大きめに切って食用油やオリーブオイルなどで炒め焼きにして、別添えのうなぎのタレを絡めておきます。

 タレが付いていなければ、醤油とみりんを1対1で混ぜたものを使えば良いでしょう。うなぎをオーブンやオーブントースターで軽く温め直し、熱々のうちに一口大に切り、茄子と器に盛ります。
 MBAと合うもうひとつの食材は「山椒」。粉山椒をかるく振り、天にはたっぷり木の芽を盛って完成です。

日本で交配された「マスカット・べーリーA」

「渋くて重いボルドーの赤ワインが飲みたい」と話すワイン好きはたくさんいます。けれど、ワインをいろいろ飲んでいくと、酸が高く複雑味のあるブルゴーニュのワインや、イタリア、南フランス、そして「ニューワールド」といわれるアメリカやオーストラリア、ニュージーランド、さらには南アメリカ、南アフリカまでさまざまなワインに出逢い、世界中にはさまざまなぶどうから作られたワインがあり、多様な味わいを楽しめることに気づきます。

 日本ワインの中でもマスカット・ベーリーAで作られた赤ワインは、フレッシュ感もあり、フルーティ。タンニンの渋さが少なく、飲みやすくて美味しいワインといわれます。

 マスカット・ベーリーAは、日本のワインの父とも呼ばれた川上善兵衛によって1927年に開発されたぶどう品種です。アメリカ系のヴィテス・ラブルスカ品種であるべーリーと、ヨーロッパ系のヴィテス・ヴィニエラ品種であるマスカットハンブルグを交配させて産み出されました。

 甲州同様、食用品種としても広く栽培されましたが、むしろ近年MBAは、日本産赤ワインとして人気があります。2010年の甲州に続き、2013年にはOIV(国際ぶどう・ぶどう酒機構)でワイン用ぶどうとして登録されました。ロゼワインやスパークリング、なかには赤ワイン用のぶどうなのに白ワインを作るワイナリーもあるほどです。


文・レシピ考案◎坂井淳一(酒ごはん研究所)
撮影◎大西尚明
スタイリング◎吉田千穂

リクシルオーナーズクラブ(年会費無料)