料理家に学ぶキッチンづくり[case 5:第2回]

みんなが参加できるキッチン~有賀薫さん

空間
キッチン
関心
ライフスタイル建築デザイン

 有賀さんのキッチンリフォームのメインになるのが、ダイニングテーブルを兼ねたアイランド型のキッチンです。約95㎝四方のテーブルの中央に、IHのヒーターが埋め込まれています。

「テーブルには四方からアクセスできて、センターにIHを入れ、水道と食洗機も付けてほしいというオーダーで、建築家の方にお願いしました」

ビルトインの食洗機がダイニングにあることも、使い勝手が良い大きなポイント。右下に写っているのが配管。

 何よりも大変だったのは、水を引いていないダイニングに水道管と配水管を敷設することだったそうです。
 
「天井も床もコンクリートのマンションですから、配管には床をかさ上げするしかなかったんですね。でも、そうなると天井高も低くなってしまい、居心地が悪くなりそうだな、と。相談したところ、もっとシンプルにいこう、ということになりました」

 結果、壁伝いに引きまわした配管は、ダイニングテーブルまで隠さずに延ばしました。
 高さは20㎝ほどで、軽くまたげる高さです。むき出しの配管は、むしろスタイリッシュな印象でもあります。

「慣れればそんなに邪魔じゃないですよ。それより、ダイニングテーブルにシンクを設置したメリットのほうが、はるかに大きいです。ビルトインの食洗機も入れることができましたし、食後の洗いものはすべてここでできてしまいます」

 洗った食器は、すぐ後ろの棚に収納できます。もともとキッチンにあった冷蔵庫も、ダイニングテーブルの横に移動。生活動線が楽になり、スタジオとしても使い勝手が良さそうです。

IHヒーターが現代の「囲炉裏」に

 テーブルの上にはIHヒーターが。これが、ダイニングテーブルの最大の魅力になったそうです。

「リフォームしたときにはそれほど意識していなかったんです。単に機能として、『作っておけば、食べて片付けまでを小さな動線の中でできそうだな』と考えていました。けれど、ここにひとつ熱源があるだけで、メリットはすごく大きいですね」

 それは、有賀さんの息子さんが独立し、夫婦2人の生活になったこととも関係していると言います。

「シニア世代の小さな食卓に、非常にフィットしてるなって感じています。2人だと食事の量も多くありません。食材を少し切って味噌汁を作ったり、夏だったらナスとかピーマン、冬だったらレンコンなどを鋳物のフライパンの上に並べて、2人で焼いたり。『ちょっと見てて』と言いながら、私は奥のキッチンで何か作ったり。そんなふうに、普段の食事も2人で作れて楽しくなるんです」

 お客さんが来た時には、レストランのオープンキッチンのように、ギャラリーの前で料理を仕上げることがあるそうです。

有賀さんお気に入りの「10」。取手を外すと数字の10に見えるスタイリッシュな鋳物製のフライパン。

「目の前でゴボウをさっと焼いて醤油をかけ回すだけでも、みんながわあってなるんですよ。料理ができて行く過程を見ながら食べるということは、コミュニケーションをとれますし、料理への期待感が上がって、何倍にも楽しくなっていくんです。なにか魔法のようなものですよね」

 テレビを囲むダイニングではなく、熱源があるテーブルをみんなで囲む。まるで、昔の日本の家にあった「囲炉裏」のような意味合いを持っている気がします。

「現代的なIHですが、ここに熱源があり、それをみんなで囲んで出来上がるのを待つ時間って、とてもいいんですね。火を囲むことって、人の本能とまでは言いませんが、安心したり癒やされたりすることなのかなあ、と。このキッチンができて、食事をしたり人を呼んだりして、会話をしながら最も感じたのはそんなことです」

自分より若い世代の感覚を取り入れる

窓側の棚の上には、お気に入りの鍋と一緒に、若い人たちに人気の台湾製のレトロな電気炊飯器も。

 リフォーム後の空間に不満はない、という有賀さん。
 今後キッチンのリフォームを考えている読者の方に、どんなアドバイスがあるでしょう。

「設計をする段階できちんと打ち合わせをすることはとても大切です。私は2018年の春にリフォームを決めてから、完成までに1年以上かかりましたが、それだけ時間をかけた意味はあったと思います」

 自分が考えつかなかったアイデアを話してくれたり、逆に建築家のアイデアが自分の生活や仕事と違っていたり。そうした一つひとつを、じっくり時間をかけて修正していくことで、満足のいくキッチンになったと言います。

「当初は、壁にテーブルを付けた案もあったんですね。でも、それだと、よくあるカウンターキッチンと同じで、『こちらに作る人が座り、向かいに食べる人が座る』と、役割が固定されてしまうんですね。そういうものは求めていないということを、何度も繰り返し話して、新しい形のキッチン空間を作り上げることができました」

「料理を作るのは妻で、夫は食べるだけ」という固定概念は、家事も子育ても夫婦で分担することが当たり前となった現代の家族像に決してマッチしていません。

「建築家の方とは、ダイニングテーブルの上で何度もシミュレーションをしました。その際、『このテーブルの上で、調理から食事、後片付けまでを完結できるのか』を検証するため、実際にスープを作って配膳してみたりもしました。『例えば、ポトフとパンとサラダならこのくらいの広さがあるといいよね』というようなことを話したんです。その緻密なやりとりは大変でしたが、おかげで、満足のいくダイニングができたと思っています」

 また、設計者のセンスが好みに合うかどうかも重要だそうです。

「私は自分世代というより、若い人たちの暮らしを想定して作りたいと伝えたんです。30代、40代で子育て真っ最中という世代の暮らしを意識してほしい、って。担当の建築家の方は、当時、お子さんが生まれたばかりで、私のフワッした要望をうまく具体化してくださいました。それだけでなく、普通の人には考えつかないアイデアも加えて、いろいろ考えてくれました」

 新しい家族の暮らし方を形にした有賀さんのキッチンは、とても素敵ですね。

 次回は、スープ作家である有賀さんが最もこだわる「鍋」について伺っていきます。

≪お話を伺った方≫

有賀薫さん

スープ作家。約10年間3500日以上、毎日スープを作り続けながら、シンプルで作りやすいスープのレシピと暮らしの考え方を各種メディアで発信。cakes連載『スープ・レッスン』が人気。『スープ・レッスン1.2』(プレジデント社)『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)など著書も多数。最新刊は初のエッセイ本『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)。

文・撮影◎坂井淳一(酒ごはん研究所)

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