料理家に学ぶキッチンづくり[case 5:第1回]

タイムロス激減、「IH&シンク付き」ダイニング~有賀薫さん

空間
キッチン
関心
ライフスタイル建築デザイン

生活スタイルの変化に合わせたリフォーム

 有賀さんが自宅兼仕事のキッチンとして使っているマンションは、23年ほど前に購入したものだそうです。

「当時、ここから歩いて100mぐらいのところに住んでいたんです。新しくマンションができたというので、軽い気持ちで見に行ったところ、意外と良くて、購入を決めました」

 それから20年以上、ほとんど手を入れずに暮らしてきたおうちをリフォームするきっかけは、どういうことだったのでしょう。

「私が料理の仕事を始めたことがきっかけではありました。分譲マンションの典型的な狭いキッチンでは使い勝手が悪くなったのです。私はキッチンのみを考えていたのですが、夫の提案でダイニング、リビングまで全面リフォームをすることになりました」

撮影をするには使い勝手が悪かったキッチン

リフォーム前の姿がかなり残ったキッチン

 料理家としての活動の中で、撮影もご自宅にカメラマンなどがやってきて行なっていたそうです。そうした「仕事」の場としては、一般的なキッチンは合理性に欠けていたといいます。

「キッチンで料理を作り、それをダイニングに持ってきて盛り付けて、さらにまたキッチンへ戻ってと、何度も行き来しなければならず、大変だったんですね。日常生活だけを考えるなら、それはそれでなんとかできるんですけれど」

 仕事では、できあがりだけでなく、料理の手順も撮影しなくてはなりません。限られた時間の中で何品も撮影するのは大変です。それを考えると時間的なロスも少なくなかったそうで、効率よく料理や盛り付けができることが重要になってきます。

「料理の仕事が増えてきて、最初は近くに撮影用の部屋を借りようとも思ったのですが、そういう物件はひとり暮らし用の部屋が多くて、キッチンも手狭なんです。熱源もIHのコンロがひとつだけとか」

 自宅とは別にキッチンを持つとなると、調理道具や食器類なども揃えなければなりません。

「ちょうど息子が独立をする頃でもあり、生活のスタイルが変わっていくことを考えて、ダイニングやリビングも設計していただきました」

センターにIHヒーターを埋め込んだテーブル

 リフォームの業者はどう選んだのでしょうか。

「なにぶん、生まれて初めてのリフォームでしたから、いったいどうしたら良いのかも分からず、とりあえず新宿にあるリビングセンターOZONEに行ったんです。そこでちょうど相談会をやっていて、少しお話をしたら、工務店と、建築家の方と、お二方紹介していただいたんですね」

 2者と打ち合わせを重ね、プランを出してもらった有賀さん。
 どんなオーダーをしたのでしょうか。

「ダイニングのほうにも、キッチンとしての機能を広げるようにしたいと言ったんです。コンパクトで軽やかな空間で、撮影もしやすい、みんなが料理にも参加できる『アイランド型のセンターキッチン』というような、漠然としたイメージをお伝えするところから始まりました」

 最終的には建築家の提案を選んだ有賀さん。
 決め手はどういうところだったのでしょう。

「リフォーム専門の工務店の方は、どちらかというと、こちらのオーダーに既製のユニットを当てはめていく感じだったんですね。それも悪くはなかったのですが、建築家の方は、打ち合せをしながら具体的に提案をしてくださる感じでした。私としても、新しいものを作ってもらえるのであれば、料理家として、その実験作のようなキッチンを使いこなしてみたいという気持ちもありました」

 結果、できあがったのが、センターにIHヒーターを埋め込んだ形のダイニングテーブル。その隅に小さなシンクを付けました。

「メインの調理はキッチンで行いますが、ダイニングテーブルでも、ちょっとしたものを温めたりできます。食洗機も足下に設置したので、食器などはここですべて洗うことができ、非常に効率的です」

 リフォームでは、キッチンにはあまり手を入れず、冷蔵庫をダイニングに出し、そのぶん棚を増設しました。

「料理の仕事をしていなければ、比較的満足度の高いキッチンでしたからね。今回のリフォーム以前に手直ししたところは、ガス会社のレンタルシステムのガステーブルに取り替えたのと、換気扇のフードを交換したくらいでしょうか。そのほかは、水栓が漏れてきたときに取り替えたり、簡単なメンテナンスをした程度です」

 基本は買ったままのキッチンですが、ガステーブルは交換して良かったそうです。

「料理家の立場から言うと、なるべく最新のものを使ったりしていろいろ試したい気持ちもありました。それに、ヘビーに料理をするので経年変化も早いですし。いまのガラスのフラットなテーブルトップは掃除もしやすく、実用的で優れていますね。
本当だったら、リフォームを機にキッチンを交換し、向かい側ももっと使えるように広げようという考え方もあったんですが、ダイニングテーブルのほうに力を入れることにしました」

 それは、料理家としての立ち位置を考えてのことだと言います。

「私自身、若いときから修行して料理家一筋でやってきたというよりは、この年齢になってから活動を始めたこともあり、自分のライフスタイルの中で無理のない、生活者としての発信をしています。ならば、最新設備にこだわる必要はあまりないかな、と。それよりは、既製品とはまったく違う新しいものを作りたい、いままでみんなが思いつかなかったものを作りたいという気持ちが強いのです。それがまさに、このダイニングテーブルですね」

 そんな想いが詰まったアイランド型のセンターキッチンのディティールは、次回、じっくり見ていきましょう。

≪お話を伺った方≫

有賀薫さん

スープ作家。約10年間3500日以上、毎日スープを作り続けながら、シンプルで作りやすいスープのレシピと暮らしの考え方を各種メディアで発信。cakes連載『スープ・レッスン』が人気。『スープ・レッスン1.2』(プレジデント社)『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)など著書も多数。最新刊は初のエッセイ本『こうして私は料理が得意になってしまった』(大和書房)。

文・撮影◎坂井淳一(酒ごはん研究所)

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