「タッチレス水栓」、使いやすさの秘密 第3回

より機能的、よりスタイリッシュな2代目登場!

空間
キッチン
関心
ライフスタイルインテリア

世界一組み立てにくい水栓?

 初代ナビッシュよりも検知機能の精度を高め、かつスリム化してデザインもより洗練させる――清水さんは、初代ナビッシュでやり残した“宿題”について、「やりたかったし、“できる”と思って進めました。が、恐ろしく大変でした」と振り返ります。
 何より、清水さんが目指したのは、デザイン的に「スマート」な水栓。さまざまな機能をどうスマートに収められるか、いろんな形を想定し、試作を重ねたといいます。
 中でも難易度が高かったのが、「センサーの小型化、薄型化」です。スリム化するためには、センサーを薄く小さくする必要がありますが、小さくするほど精度を高めるのにも困難が伴います。とくに水滴との戦いに悪戦苦闘したそうです。
 キッチンでは濡れた手で作業をすることが多いので、水栓に水がかかりやすくなります。水栓のセンサーに水滴がついてしまうと、水滴に反応して意図せずして水が出てしまう場合があるのです。
 そこで、センサー検知機能の精度を高めると同時に、センサーに水滴がかかりにくいデザインを検討しました。

 試行錯誤を重ねて、水滴問題は解決したものの、さらなる難題は、これらをパイプの中に入れて組み立てることでした。事前にセットしてパイプに入れたり、機械を使ったりするのではなく、人の手でそれぞれを順番にパイプに入れ込まねばならなかったのです。

「世界一組み立てにくい水栓だと工場メンバーに言われました」と清水さんは苦笑します。当初は「こんな組み立てにくいのはできない!」と断られたとか。
 清水さんたち開発部隊は、工場に製造依頼をする前に、実際にできるかどうか事前に自分たちで組み立てを試みているそうです。このときも清水さんは工場に通い続け、自ら組み立てたものを提示し続けていました。その熱意が通じて、工場でつくってもらえるようになったのです。

 スリムなパイプの中に、デザイン性を失わずに複数の機能を収める「一体化」は、社内からも「どうやって入れ込んだの?」と驚きの声が上がるほど。
 途中でくじけそうにならなかったのでしょうか。

「やり切る自信はありました。というのも、前職で小さいサイズのカーナビの中にカセットテープやCDチェンジャーなど複数の機能を入れ込むことに成功した実体験があったからです。それが原体験となり、“あきらめずにやればできる!”と信じるようになりました」

「普通はやらない」要素部品の改良にも挑戦

 センサーのほか、デザインのバランスをとるためにさまざまな部品を小さくしなくてはならないことも難題でした。たとえば、ハンドルと直結し、温度や流量を調整する水栓の要である「ヘッドパーツ」という部品。車に例えればエンジン部分で、ここの操作性が悪ければ、水漏れなどが起こり水栓としての機能が失われてしまいます。
 このような要素部品を一から設計開発するのは滅多にないそうですが、これについても、「性能を落とさずに小型化すること」に挑戦。およそ2年を費やして実現しました。

「ヘッドパーツを小型化するため、中の部品も小さくすることが必要でしたが、それがスムーズにできたのは、部品を自社で全て設計し、製造を行っているからです。実はこのヘッドパーツの小型化はかなりハードルが高く、海外から類似品を取り寄せたこともありました。でも当時は求めている性能を満たせず、妥協せずに自社でつくる覚悟を決めました」

 さらに、ヘッドパーツを入れ込む金属製の水栓本体も小型化しなくてはなりませんでした。ちょうど自社工場で、そうしたことができる技術が立ち上がっていたこともあり、小型化を実現。加えて水栓本体を磨く技術も新たに確立。結果として社内の製造技術革新にも結びついたそうです。

「ネジ1本留める位置」にも妥協なし

ネジ1本留める位置にも妥協しなかったことで、360度どこからみても美しいデザインにできた。

 驚いたのは、パイプを固定するためのネジにまでこだわりがあったことです。通常、ネジを打ち付けるのは外側からですが、そうするとネジが見えてしまいます。それは美しくないと、清水さんたちは内側にネジを留めることにしたのです。
 組立性やデザインの両面で検討を重ね、何度も何度も試してみて、絶妙な打ち付け角度と位置を見つけたといいます。

 こうしたご苦労を経て、どこから見ても完璧なプロポーションの2代目ナビッシュが完成したのは2009年のこと。その年のグッドデザイン賞にも選ばれました。

 ちなみに、タッチレス水栓は、手をかざせばいつでも水が出るようにハンドルは常時開けているのが普通です。その開けているとき、つまりハンドルが上向きのときにこそ、美しく見えるように設計したのも清水さんたちのこだわりでした。

無数のスケッチを作成し、ハンドルデザインを試行錯誤。

 また、検知音を入れるタイプも開発しました。
「センサーは見えないので、ちゃんと反応してくれるか不安な方もいます。操作時に音が出ることでその不安を解消しようと考えました。音が“了解”の合図になりますからね。ポンという音ひとつでも、余韻の長さなどでまったく印象が異なります。音作りの専門家と何度も協議を重ね、何千パターンもつくってもらい、最終的には誰にとっても心地よく聞こえる音を採用。より自然な感覚で操作できるように仕上がりました」

 清水さんの言葉には、使い手に徹底的に寄り添う姿勢がうかがえます。

「ナビッシュ」をタッチレス水栓の代名詞に!

 清水さんによると、タッチレス水栓は節水にも貢献するとのこと。当初から節水をうたっていたナビッシュの「手元止水機構」という構造は、業界の標準規格(JIS規格)にも採用されたそうです。エコな暮らしが求められる今の時代、節水機能があるのは大きなポイントです。

最新モデルの「ナビッシュハンズフリー」。

「ひんぱんに出し止めすると節水効果が高いのですが、実際にはいちいちレバーを上げ下げするのは面倒ですよね。それにこまめにレバーで出し止めしたとしても、都度上げ下げして水量を調節しなくてはならず、結局水がムダになりがちです。しかしナビッシュであれば適量が出てくるので、ムダな水出しを防げます。流しっぱなしになることもなくなります」

 確かに、適温・適量の水を出すまでに流れ出る水を、いつも「もったいないな」と感じていた身としては、水道代の節約にも貢献しそうで、購入を検討したくなります。

 機能とデザインを兼ね揃え、「これ以上変えるところはないと、10年経った今でもいえる完成度を実現しました」と、2代目ナビッシュについて愛おしそうに語る清水さん。
 以降もさまざまな商品を手がけていますが、現在はどんな開発案を温めているのでしょうか。

「次はキッチン以外の水回りでのナビッシュの普及を目指します。2014年に洗面化粧台にナビッシュを導入しましたが、浴室にはまだできていないので、そこに適したタッチレス水栓を普及させていきたいですね。そして、タッチレス水栓といえばナビッシュといわれるようになれば本望です」と夢を語ります。

清水さんのご家庭にも導入されている「ナビッシュ」。お子さんは別の作業をしながら、目視せずに「ブラインドタッチレス」(清水さん命名)で器用にナビッシュを使いこなす。「タッチレス」での使用が当たり前になってくると、このような使い方も出てくるそうです。

 家庭内のすべての水回りに、スタイリッシュな水栓が備えられ、自由に、かつエコに水を操作できる――それは、まさに清水さんが目指す「豊かな暮らし」のワンシーンになりえます。
「絶対無理」といわれていた企画を商品化につなげた清水さんたちの、「生みの苦しみ」と「世に出したときの喜び」をうかがっていると、こうした方々がいるからこそ、私たちの暮らしは豊かになるのだと実感しました。

◎お話を伺った方◎

清水和幸さん

LIXIL水栓事業部水栓開発部。LIXIL(当時INAX)入社以来、水栓開発一筋15年。入社2年目からキッチン用ナビッシュの開発に携わり、その後、洗面用ナビッシュなど多くの商品を開発した。現在は浴室向け水栓の開発に従事している。夢は「タッチレス水栓といえば“ナビッシュ”!」と言われるほど「ナビッシュ」が世の中に普及・浸透すること。

文◎江頭紀子

リクシルオーナーズクラブ(年会費無料)