
家庭の玄関ドアを自動ドアへと進化させる、電動オープナーシステム「DOAC(ドアック)」。車椅子に乗りながら、ベビーカーを押しながら、リモコン操作でスムーズにドアの開閉ができる新商品です。どのようにして「DOAC」は生まれたのか。「DOAC」開発アドバイザーであるNPO法人アクセシブル・ラボ代表理事の大塚訓平さんと、開発リーダーの LIXIL 今泉剛に誕生秘話を聞きました。
── 今回新発売となる「DOAC」は、自宅の玄関ドアに取り付けるだけで自動開閉できる点が画期的です。製品開発のきっかけは何だったのでしょうか?
今泉 車椅子ご利用の方から熱望されたことがきっかけです。実は、電動式の玄関ドア自体は、過去に何度も検討されてきたテーマなんです。ただ、「誰が使うのか」「いつ欲しいのか」といったことが具体化できず、なかなか商品化には至りませんでした。
車椅子をご利用の方に伺うと「自宅の玄関ドアの開け閉めに困っている」という意見がある一方、「引き戸へ交換するのは大変なので我慢している」という声を聞きました。そこで「玄関ドアを変えることなく、開け閉めできる機能だけをつくればいいのではないか」と気付いたことによって、このプロジェクトが始動しました。
── 車椅子ご利用の方のご意見はどのように集めたのでしょうか?
今泉 “飛び込み”に近いですね。やっぱり直接お会いして話を伺いたかったので、職場や知人の紹介、さらにはSNSを通じて知り合った方など沢山の方々に「初めまして」と連絡させてもらいました。その中で、協力いただける方の元を訪問し、皆さんから1~2時間近く話を伺いました。
最終的に10名の方が協力してくださったのですが、そのお一人が大塚さんです。ご自宅にお邪魔して、車椅子での生活の様子を拝見できたのが非常にありがたかったですね。
大塚 僕は自分のコンサルティング事業のためというのもあって、自宅をバリアフリー体験型のオープンハウスと位置づけているんです。実際に見ていただければ、どんな物があれば便利なのか助かるのか、理解してもらいやすいと思いまして。
住宅改修のコンサルティング受注の際にも、依頼者からまず相談されるのが「車椅子でどうやって家に入るのか」ということですね。
今泉 みなさん、ドアの開閉には苦心されていますよね。
大塚 僕の場合、上半身は健常で力もあるので、ハンドルを操作しながら車椅子を後方に動かし、その反動を利用して入っています。ただ、このやり方だと閉じてくる扉に挟まれ、車椅子もドアも傷ついてしまう。
ロープで引っ張る方もいますし、自力で開けられない方はヘルパーさんやご家族と待ち合わせて家に入る。自分の好きな時間に、帰宅できない不便さがつきまとうわけです。
今泉 それを解消するには、玄関とは別に車椅子用の出入り口をつくるしかなかったんですよね。
大塚 そうです。ただ、この場合のネックは、一人で家にいるときに宅配便が来ても受け取れないこと。配達の人は玄関のチャイムを鳴らしますから。
今泉 あと、車椅子を前提にすると、ドアの選択肢は引き戸しかないんです。
大塚 引き戸は種類が少ないうえ、和風のデザインが主流なので洋風のモダンな家につけると違和感が出てしまう。もちろん、別に出入り口をつくるには工事費も嵩みますから、「自分のために家族に負担をかけて申し訳ない」という方は少なくないんです。
──そうした問題を解決できるのが「DOAC」というわけですね。開発の手法も従来とは変えたそうですね。
今泉 これまでの商品開発は「ユニバーサルデザイン」が基準でしたが、「DOAC」には「インクルーシブデザイン」という手法を取り入れています。
大塚 「インクルーシブ」というのは「包摂的」、つまり誰も取り残さない、誰も排除しないという意味ですね。ユニバーサルデザインは「誰もが使いやすいこと」に重点を置くのに対して、インクルーシブデザインは「誰もが使いたくなるもの」という目標もあります。デザインを含め心理的な満足感にも力点を置いているんです。
今泉 開発のプロセスも違いますよね。
大塚 ユニバーサルデザインでは、健常者であるデザイナーやクリエイターが障がい者や高齢者のために、つまり“for”の精神で物づくりをする。こう聞くと、理想のデザインができそうと思われるかもしれませんが、「かくあるべき」といったルールが多いのがネック。すべてに当てはめていくと「これって誰のためにつくったの?」みたいなことが起きやすいんです。
一方、インクルーシブデザインでは、課題を抱える当事者を開発の初期段階から巻き込んで一緒につくり上げていきます。“for”とともに“with”も加わるので着地点がブレにくいわけです。
今泉 大塚さんから「デザインもかっこよくしてほしい」と言われたときは、ハッとしました。見た目が大事というのは、障がいを持つ人にとっても当たり前の思考。「DOAC」も暮らしの中に馴染むデザインを心がけました。
──大塚さんは「DOAC」すでに試されたそうですが、使ってみていかがでしたか?
大塚 玄関の出入りを健常者と同じスピード感でできるのが嬉しいですね。1日24時間は平等だといいますが、一つ一つの動作に時間がかかる僕らは、時間の損をしていると思うんです。それを平等に近づけてくれるのが「DOAC」ですね。
リモコンは3~4mの距離から届くので、別の動作をしながら玄関ドアを開けられるのは便利です。僕は移動に車を使っているのですが、車を停めて車椅子を下すときにリモコンを操作する。車椅子に乗り込んだときにはすでにドアが開いているので、タイムラグなしに家に入れるんです。
今泉 ドアノブに触らずに開閉ができるのも利点ですよね。
大塚 車椅子を漕ぐときは常にタイヤに触れているので、どうしても手が汚れてしまうんです。コロナ禍において、その手でドアノブを触るのは抵抗がありましたが、「DOAC」ならドアノブにはノータッチで済みます。
今泉 もっとも、「DOAC」はいわゆる福祉機器を目指したわけではないんです。きっかけは車椅子ユーザーにありましたが、健常者が使っても便利であることを目指しました。
ベビーカーを押して家に入るときや、荷物で両手がふさがっているときにも便利ですし、家事で手が放せないときにお子さんが帰宅しても、リモコン操作ひとつでドアを開けてあげられます。
大塚 僕の地元には「宇都宮ブリッツェン」というプロのロードレースチームがあるんですが、選手たちに「DOAC」の話をしたら、みんな欲しいと言っていました。ロードレース用の自転車はスタンドがなく、玄関のカギを開けるときには一旦、壁に立てかけなければならない。「DOAC」がついていればそのまま家に運び込めますから。
今泉 玄関ドアの開閉に困る場面って誰にでもあると思うんです。車椅子の方は一生、ベビーカーを使うお母さんは数年、ゴルフバックを担いで帰ってくるお父さんは一瞬と違いはあるけれど、苦労していることに変わりはない。
それらを解決するのが「DOAC」。LIXILのブランドメッセージである「いつもを、幸せに」を体現できる商品になった、と自信を持っています。
──開発当初から“with”の精神で作り上げた「DOAC」は、多くの人がその利便性を実感できる商品になっているようです。熱い開発秘話は次回に続きます。
※それぞれの立場から「世の中をより便利にしたい」という、熱い思いが込められて完成したオープナーシステム「DOAC」は、好評発売中です。
NPO法人アクセシブル・ラボ 代表理事 / 株式会社オーリアル 代表取締役
2009年6月に不慮の事故により脊髄を損傷、車いすでの生活に。障がい者の住環境、外出環境整備事業のNPO代表を務め、車いす目線で、様々な企業の製品やサービス開発コンサルティングを中心に活躍中。
LIXIL Housing Technology Japanプロデューサー
「DOAC」開発チームプロジェクトリーダー。社内のプロジェクトメンバーは2人という少数精鋭チームでありながら、約1年間で商品開発に成功。
文◎上島寿子