藤山:そういえば、ある建築家の方がこんなことをおっしゃっていました。「これまで40年以上住宅の設計をやってきたけれど、僕の設計に最初から最後まで一言も口を挟まなかったクライアントが2人いる」と。
鈴木:おお。
藤山:「ひとりは某大手弁当販売チェーンの社長、もうひとりは笑福亭仁鶴師匠だ」って。
鈴木:へぇ。「四角い仁鶴が」の仁鶴師匠ね。
藤山:関西落語界の重鎮です。仁鶴師匠はこんなことを言われたそうです。「あなたは大変腕のいい建築家とうかがっとります。設計のほうはおまかせいたしますので、どうぞお好きなようにおやりください」。最初の打ち合わせ以降、竣工まで一度も姿を見せなかったそうです。
鈴木:しびれるねぇ。
藤山:その話をうかがってちょっと腑に落ちたんですよ。ああ、やっぱりその世界のトップに立つ人って「そういう人」なんだなって。相手を信頼して仕事をまかせられる人。
鈴木:なるほど。信じてまかせてもらえるから、設計者もいい仕事ができる。
藤山:ですよね?ほら、よくいるじゃないですか。部下に「この仕事は君にまかせた」と言っておきながら、最終的には自分が全部やらないと気が済まないタイプが……。ちなみに、私がそのタイプですけど(笑)。
鈴木:そういう人は出世できない(笑)。
藤山:いい家も建たないでしょうね。
鈴木:そういう意味では、クライアントが設計者を信頼して、自分たちの情報をどれだけ多く託してくれるかも、いい家を建てるための条件かもしれない。
藤山:情報公開も大切?
鈴木:そう。たとえば、新築の相談がメールで来るとするでしょ?そのメールに、わが家は4人家族で、主人はこういう仕事をしていて、近所にこういう土地を見つけて、いまこんな家を建てたいなと考えているんですけど……ってアレコレ書いてあると、こちらは一生懸命答えてあげなきゃと思うじゃない。
藤山:思いますね。
鈴木:文面が詳しければ詳しいほど、こちらもリアルな回答を返せる。すると先方は、「もっと具体的に聞かせてください」と前のめりになるから、話がググッと前に進む。そうやって、最初のメールをきっかけに家づくりの雪ダルマみたいなものがどんどん大きくなっていく。
藤山:好循環。
鈴木:かと思えば、用件が数行だけ書いてあって、自分の情報は名前だけというメールもある。しかも、苗字しか書いていない。住所も電話番号も何も書いていない人がいる。
藤山:もはや、そのメールで返信するしか手段がない。
鈴木:そう。で、返信する。
藤山:一応、返信するんですね(笑)。
鈴木:いつもどおり、する。でも、そういう人は結果的に損をしていると思う。自分から提供する情報を制限している分、こちらも簡素な回答しかできないから。だから、これから家をつくろうとしている人は、自分たちの情報をなるべくたくさん、詳しく相手に伝えたらいいと思うよ。うちみたいな設計事務所でもハウスメーカーでも、どこに依頼してもそれは同じ。
藤山:では、読むのが面倒になるくらい膨大な要望書をつくってこられる人も、どちらかといえば歓迎すべきお客さんですか?
鈴木:程度の問題はあるけど、基本的にはそうだろうね。膨大な要望から、こちらはさまざまな情報を読み取れるから。あとは、捨てるも拾うも設計者次第。ただねぇ、いくら協力的なクライアントであっても、必ずしもすべての情報を開示してくれるわけではないのよ。いちばん知りたい情報に限って、教えてくれないことが稀にある。以前、あるご夫婦から、自宅を建て替えたいという依頼があったのだけど……。
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