ひとの家見て、わが家を直せ。

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【第3回】収納、設備、そしてスペシャル

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藤山:そんな、洗濯物を干す場所すら考えていなかった鈴木さんが、いまのように住宅をまともに設計できるようになるまでには、だいたい何年くらい必要でした?

鈴木:うーん、どうだろう。おそらく10年くらいじゃないかな。年数というより設計した棟数だろうね。どれだけ場数を踏んだかが設計者の腕を決めるのだと思う。ある程度数をこなさないと、自分のスタイルみたいなものも見えてこないしね。そういう意味では、住宅の設計を始めて何年かして、今度は奥さんのお兄さんから新築の設計依頼があったんだけど、その家が私のターニングポイントだったかもしれない。

藤山:どんな家ですか?

鈴木:お兄さんとうちの奥さんとで話が盛り上がっちゃって、ひとことで言えば「収納スペースばかりある家」をつくったの。そしたら、その家が住宅雑誌に掲載されて、記事を見た読者から、「うちにも収納がいっぱいの家をつくってくださーい」って依頼が山のようにきた。それからしばらくは収納ブームの嵐が吹き荒れて、うちは「収納の家」ばかりつくらされる設計事務所になっちゃった。

藤山:メディアの力って大きいですからね。

鈴木:打ち合わせにくるお客さんは、もちろん収納についての要望を次々と繰り出していく。それはべつにいいわけ、最初からそういうつもりなんだから。

藤山:まあ、そうですね。

鈴木:ただ、それだけじゃ終わらないんだ。収納と同じくらいたくさん出てくるのが設備の要望。「食洗機を付けてください」「浴室暖房乾燥機がほしいかも」「床暖房がないと寒くてつらいわ」って、打ち合わせの間中、設備の要望が延々と続いていく。

藤山:ええ。

鈴木:それで、あるとき気がついた。家というのは「収納」と「設備」をクリアしておけば、とりあえずの満足感は得られるものなんだなって。ついでに、仕事の依頼も安定してくるんだなって(笑)。そういう家が得意な設計者だと分かればね。

藤山:経営の安定は大切です。

鈴木:でも一方で、「家ってその程度のものなの?」という思いもだんだん強くなってくるわけ。収納をたくさんつくったところで、コストは上がる一方で、ちっともいい家にはならないじゃないかって。

藤山:売れっ子なりの葛藤が始まったわけだ。

鈴木:で、ひらめいたのが「スペシャル」。

藤山:スペシャル?

鈴木:たとえば、一枚物の無垢板をお客さんに選んでもらい大きなダイニングテーブルを特注するとか、トイレや廊下みたいな無味乾燥な場所に、あえてニッチ(壁の一部をくぼませた部分。飾り棚などに利用される)をつくって好きな雑貨を飾れるようにしてあげるとか、住宅にはそういう要素も必要だな、と。

藤山:発見しましたか。

鈴木:発見した。当初はお客さんのためというより、半ば自分の都合。住宅設計に対する物足りなさを埋め合わせるために、無意識にやっていた部分もある。でも、竣工後何年か経ったお客さんから、「打ち合わせのときは意味が分からなかったけど、住み始めると、あのとき鈴木さんに提案された意味がようやく分かるようになった」と時間差で喜ばれて……。

藤山:スペシャルの意義を再確認した?

鈴木:そういうことだね。

(つづく)

ひとの家見て、わが家を直せ。

鈴木信弘 藤山和久さん

(鈴木 信弘)一級建築士。神奈川大学工学部建築学科非常勤講師。1990年、横浜市に一級建築士事務所「鈴木アトリエ」を開設。収納・片づけに関するノウハウと生活者の視点に立ったきめ細やかな設計提案で世代を問わず人気を集める。2013年刊行の著書『片づけの解剖図鑑』(エクスナレッジ)は、散らかりにくい家のしくみを建築設計の視点で分析した“異色の片づけ本”として一躍ベストセラーに。いま注目の建築家の一人。

(藤山 和久)編集者。建築専門誌「建築知識」元編集長。2004~2015年、株式会社エクスナレッジに在籍。これまで延べ1,000人以上の建築士、業界関係者を取材。その豊富な経験をもとに、一般向け書籍でも数多くのヒット作を世に送りだす。2009年刊行の『住まいの解剖図鑑』(増田奏・エクスナレッジ)は、家づくりの入門書として絶大な人気を誇るロングセラー。著書に『建設業者』(エクスナレッジ・2012年)など。

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