ひとの家見て、わが家を直せ。

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【第66回】トイレの本懐(2)

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藤山:トイレに本棚をつくるときって、お客さんのほうからリクエストがある場合もあります?

鈴木:いきなりリクエストはない。まずは、「ちゃんとした書斎がほしい」という話から始まるわけだから。

藤山:書斎?

鈴木:そう。お父さんが、本当はほしかった書斎をつくれないから、トイレに本棚をつくるの。

藤山:落差が激しすぎる(笑)。

鈴木:半畳でもいいから自分のスペースがほしいとか、押入れくらいのサイズでもいいのでなんとかなりませんかとか、みなさん狭くてもいいから自分の居場所がほしい。でも、いろいろな条件との絡みでそれが無理そうだと分かると、「だったらトイレに本棚でもつくります?」って、こちらから提案してみる。

藤山:まさに、妥協ですね。

鈴木:結局、お子さんがいらっしゃる家庭は、どうしても子供中心の家づくりになるじゃない。子供部屋はつくるけど、自分の部屋はつくれない。自分の部屋がほしいなんて、とてもいえる雰囲気ではない。奥様のほうが強いから(笑)。

藤山:それでも、トイレに入れば、その時間は唯一そこが自分だけの部屋になる。

鈴木:そうだね。

藤山:お父さんは一人になりたいわけか。

鈴木:だって、あるお父さんなんか、家に帰ると奥さんから子供の話、学校の話を聞いてくれと迫られるんだけど、日中、会社でさんざん人の話を聞いているから、もう何も聞きたくないんだって。だけど、「あ、そう」なんて適当な返事をするとキレられるから、とっとと寝室に逃げ込むらしい。そしたら奥様が追いかけてきて、「あなた、ヒマなんだったらベッドの上に積んである洗濯物くらい畳んでよ」ってやっぱりキレられる(笑)。それがツライと。

藤山:鈴木さんの回想に出てくるお父さんって、いつも悲惨な状況なんですけど(笑)。

鈴木:みなさんがみなさんそうではないけど、そういう人はたしかに多い。

藤山:だからせめてトイレだけでも……。

鈴木:自分の書斎を確保できた人からは、トイレを云々なんて話は一切出ないからね。本当に苦肉の策なんだよ。

藤山:お風呂でくつろぐという方はいらっしゃいませんか?

鈴木:そういう人はたくさんいらっしゃるけど、お風呂の場合、露天風呂は別にして、設計側でやれることは特にないわけ。風呂板さえあれば本だって読めるし……。トイレだって、本を持ち込めば本棚なんていらないという話もあるけど、それでも本棚を付けたいという人は、たいてい若いときから趣味が豊富で、いろんなことに興味があるのに、新しい家には自分の部屋が与えられないという人だね。

藤山:本棚に自分の本を詰め込むことで、トイレをマーキングするみたいなことかな?「あそこはお父さんのゾーンっぽいよ」と家族に知らしめる。

鈴木:そこまで強い意志ではないと思うけど……。でも、娘さんなんかははっきりと「お父さんが使うトイレは使わない」っていうよね。奥様からは「トイレに新聞を持ち込まないで」と釘を刺される。長居されるとトイレが臭くなりそうだからって。

藤山:お父さん、ホントかわいそすぎる(笑)。がんばって働いているのに。

鈴木:だけど、奥様に「私だって働いているのよ」といわれるとぐうの音も出ない。

藤山:そりゃ、ごもっともです。

(つづく)

ひとの家見て、わが家を直せ。

鈴木信弘 藤山和久さん

(鈴木 信弘)一級建築士。神奈川大学工学部建築学科非常勤講師。1990年、横浜市に一級建築士事務所「鈴木アトリエ」を開設。収納・片づけに関するノウハウと生活者の視点に立ったきめ細やかな設計提案で世代を問わず人気を集める。2013年刊行の著書『片づけの解剖図鑑』(エクスナレッジ)は、散らかりにくい家のしくみを建築設計の視点で分析した“異色の片づけ本”として一躍ベストセラーに。いま注目の建築家の一人。

(藤山 和久)編集者。建築専門誌「建築知識」元編集長。2004~2015年、株式会社エクスナレッジに在籍。これまで延べ1,000人以上の建築士、業界関係者を取材。その豊富な経験をもとに、一般向け書籍でも数多くのヒット作を世に送りだす。2009年刊行の『住まいの解剖図鑑』(増田奏・エクスナレッジ)は、家づくりの入門書として絶大な人気を誇るロングセラー。著書に『建設業者』(エクスナレッジ・2012年)など。

 

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