コロナの時代のIターン・Uターン 岡山県総社市 [後編]

「キーパーソンのいる田舎」なら新生活も失敗しない!

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築100年の古民家を
アトリエ兼カフェにリフォーム

勅使河原さんのアトリエ兼、作品も展示する古民家カフェ「Krack2834(クラック)」。築100年の風格ある建物を改装して2016年にオープンした。写真◎Krack2834

 総社のお隣、岡山市に住む陶芸作家・勅使河原通子さんは、趣のある築100年の古民家で創作のインスピレーションを得ながら活動したいとの想いから、この地に仕事場を設けました。

 かつては備中国総社宮の門前町として大いに賑わいを見せたという市街地には、財を成した人々がこぞって立派な店舗兼住宅を建てました。それがさびれてしまい、貴重な建物も朽ちていくばかり。この状況を何とかしたい、風格のある古民家の良さを多くの人に感じてもらいたいという想いから、アトリエに加え作品も展示するカフェに改装し、古民家カフェ「Krack2834(クラック)」として、2016年9月に営業を開始しました。

店舗の入り口のカウンターは勅使河原さんの作品、アートでお客様をお出迎えする。オリジナルブレンドのハーブで作ったノンアルコールカクテルも女性に人気。写真◎Krack2834

店の看板メニューのパエリア。「美味しい食事とお酒をカジュアルに召し上がっていただければなと思います」(勅使河原さん)。写真◎Krack2834

 ここで勅使河原さんが提供するのが、スペイン料理をベースにしたオリジナル創作料理。
 味もさることながら、古民家を生かした古風なインテリアや食器の雰囲気をも味わおうと、地元住民はもとより、いまや近隣の岡山や倉敷からも多くのお客さんが訪れる人気店となりました。

 こうした事業を興せるのは、市が手厚く支援し、NPO法人が所有者と借り手を取り持ち、エリアの景観にマッチした店舗のデザインを含め経営のアドバイスなどをしてくれる総社市だからこそとも言えます。
 ここに、コロナ時代の移住のヒントがあるように思います。

「総社は程よい『田舎』なんです。隣の岡山市のような『プチ都会』ではなく、のんびりしているけれども交通の便もよく、このような趣のある古民家も市街地にも残っていて、日常生活も不自由しません。

創作活動をしながら古民家カフェを切り盛りする勅使河原通子さん。結婚を機にご主人は東京から移住し、現在は息子さんとともにシェフとして腕を振るう。

 創作活動のかたわら作品を展示するギャラリーも兼ねたお店ができるのも、こうした環境だから。よそ者を嫌う閉鎖的なエリアではなく、地元の人たちと『程よい』コミュニケーションが取れる良好な人間関係も住みやすさにつながると思います」

 こう語る勅使河原さんは総社市民ではないけれど、今ではNPO法人「総社商店街筋の古民家を活用する会」の中心メンバー。
 市内の空き家を利活用するためのデザインやセッティングを積極的に行っています。古民家の風合いを生かしながら、使い勝手のいい物件に仕上げる勅使河原さんの手腕は、地元住民にとっても、移住者にも評判です。

空き家活用のキーパーソンは
古道具屋のオヤジ

 勅使河原さんのお店のオープンや、前編で紹介した田村さんの移住を促したのはNPO法人や行政でしたが、「魅力的な人がいること」も、移住希望者にとって重要な判断材料になります。
 その点で総社のキーパーソンとなっているのが、「岡山アンティークショップSHELTER」を経営する安達勝利さん。38年ぶりにUターンして2015年にお店をオープンさせました。

安達勝利さんは移住を促進する総社市のキーパーソン。

 安達さんは自ら「オヤジ」と名乗り、毎日SNSで空き家の利活用情報を発信しています。
 先に紹介した「豆Lab」や「Krack2834」の器を提供したのも安達さんです。
「歴史ある町並みの古民家カフェにふさわしい器を選んでもらいました。空き家をやむなく解体しなければならなくなっても、可能な限り丁寧に取り壊し、使えるもの、価値のあるものは買い取らせていただいています」

 空き家を貸したり売ったりするときは、家財を処分して何もない状態にするということが約束ごとのようになっています。古民家の場合は、歴史があるだけにモノがあふれてしまうことは多いものです。そんな家財や不要になった道具類を引き取り販売するのが、安達さんが経営するお店の役目でもあります。

 店内はちょっとした博物館のようでもありますが、こここそが総社市周辺の空き家対策の拠点になっているのです。

「私は空き家をたたむにあたって、受け継がれてきた家財をできるだけ生かすことを目的にやっています。解体した家から出た古材を、民家や店舗のリフォームに使っていただくことも珍しくありません。クラシックな電化製品も店舗の装飾品になりますし、実用にも耐えられるものもあります」

300坪の倉庫兼店舗には、古民家から引き取ったアンティーク・レトロ・骨董品などの商品を展示・販売している。多くは、やむなく解体した古民家や店舗、蔵から出たものだ。

移住を決意させる
決め手は「民間パワー」

「ギャラリー&カフェHONMACHI」のギャラリーには地元ゆかりの画家の作品が展示され、その一角には、かつての銘菓のレシピやラベル、木型が展示されている。

 安達さんは、こうして集まった品々を供給するだけでなく、古い町並みが残る商店街通りに、空き家をリフォームしたシェアハウスをオープンさせたり、「ギャラリー&カフェHONMACHI」という、ちょっと一杯飲みながら空き家対策を語り合ったり、イベントを開催したりするスペースを手づくりしました。

 さらに、解体先などから出てきた鉄道関係の資料を整理して「鉄道gallery&space 総社クロスポイント」というミニ博物館までもオープンさせました。

 このように数々の空き家を再生してきた安達さんでも、増え続ける空き家を目の当たりにして、暗くなることもあるそうですが、立ち止まってはいられません。
 だからこそ、借り受けた空き家を人が集まる場所にして、皆で知恵を出し合って空き家の活用を模索しているのです。

 空き家や商店街の再生という“形”だけでなく、かつてこの地に存在した『養老糖』という和菓子のレシピを研究中です。残されていた資料をもとに試作して街のイベントで試食してもらうなど、実現に向けた動きも具体化してきました。地元の銘菓が再生される日もそう遠くはないことでしょう。

 田村さんの移住を後押ししたように、総社市は行政として、先進的な移住促進策をとっています。しかし、こうした政策が生きるのは、やはり強力な民間の力があってこそ。
 その点で、受け皿を構築するNPO法人があり、キーパーソンがいる総社市は、コロナ時代に移住を検討する人にとって、一つの参考になる事例と言えそうです。

文・撮影◎三星雅人

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