コロナの時代のIターン・Uターン 岡山県総社市 [前編]

「空き家がある」だけではNG。移住は「親切な田舎」へ!

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「今すぐ住める家があること」が
移住先を選ぶ最低条件

 東京圏をはじめ大都市圏への人口流出が進み、さらに少子高齢化の影響から、地方の人口減に伴う空き家の増加が深刻な問題になっています。
 一方、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局がまとめた地方移住に関する報告書(2020年1月)によると、東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)在住者(20~59歳)の49.8%が「地方暮らし」に関心を持っていると発表しました。

 地方移住希望者向けの全国版物件情報誌「ふるさとネットワーク」を発行するふるさと情報館でも、新型コロナを機に問い合わせが増え、同八ヶ岳事務所では2月ころから別荘地を含め、現地見学希望者が急増したと言います。また、全国版の空き家情報を提供している「LIFULL HOME’S空き家バンク」サイトのアクセスは、2020年5月は前月より30%アップし、昨年同月対比で実に210%を記録しました。

 これだけ聞けば、「地方の空き家が、都市部の移住希望者を受け入れてくれる」と思いがちですが、話はそう簡単にはいきません。
 そもそも空き家は、所有者がなかなか貸してくれないケースがほとんど。このことが、移住希望者の選択肢を狭める要因になっています。
 それに住まいがあっても仕事がなくては、移住後の生活は立ち行かなくなります。

風格ある古民家での暮らしは、移住希望者にとって憧れの一つだ。

 つまり賢く移住するには、「今すぐ住める空き家を紹介してくれる」「移住後の就労斡旋をしてくれる」など、生活をサポートしてくれる体制が整っている地域を選ばなくてはなりません。
 要は、都市出身者にとって「親切な田舎か、どうか」という点が重要になります。
「風景が気に入ったから」など、イメージ優先で選ぶと失敗することも多いのです。

 この点で検討対象に入れたいのが岡山県総社市です。
 総社市は岡山市や倉敷市にも通勤圏で、地元でも働ける雇用基盤があり、地方都市としては珍しく、1970年代以降、人口は増加傾向にあります。

 しかし郊外型の大型店舗進出の影響で、かつては備中国総社宮の門前町として大いに賑わった市街地は活気を失い、空き家や空き店舗が急増しました。

 こうした状況を何とかしようと、2013年に設立されたNPO法人「総社商店街筋の古民家を活用する会」が旗振り役となり、総社市の支援のもと、古民家を住宅やシェアハウス、店舗などに活用して、移住支援を実施しています。

 行政も移住促進に取り組んでいます。総社市では、空き家を貸したい、売却提供したい人と、借りたい、購入したい人をマッチングする「空き家バンク」をはじめ、空き家所有者向けに空き家対策セミナーを毎週のように行ったり、福祉サービスを整え移住者向けにさまざまな補助金を提供したりしているのです。

 官民が一体となって移住者を受け入れる総社は、まさに「親切な田舎」といえるでしょう。
 そして実際、この「親切な官民」のおかげで移住した人も多く、町並みに活気が戻ってきました。

昔ながらの「職住一体」の町家で夢を実現!

 総社市の特徴は、移住推進エリアが「市街地」であること。
 歴史的な商家が空き家となっているケースが多く、住まいをカフェやショップに活用する人たちが増えています。

 住まいと仕事場を一体化させた「職住一体の生活」は、移住希望者が憧れる暮らし方の一つです。

 田村大輔さんは、総社市の「職住一体の生活」で夢を実現した一人。
 診療所だった古民家を借り、リフォームして、2019年6月にコーヒーの焙煎所「豆Lab」をオープンさせました。

元山岳ガイドという異色のマスター。市役所の移住推進課の後押しで開店できた。

「豆Lab」はコーヒー豆を販売するだけでなく、挽きたてのコーヒーも提供しています。
 趣のある外観と、少し今風のインテリアが印象的。店内には大きな焙煎機がデンと構え、何度でも通いたくなる雰囲気です。

 田村さんは、移住前は山形県で山岳ガイドをしていたという異色の経歴の持ち主。その後、岡山市のコーヒー店でブレンドの技術を習得したそうです。

「総社の雰囲気が気に入り、空き家活用を手がけるNPO法人『総社商店街筋の古民家を活用する会』や、総社市役所の移住推進課の後押しで、念願のコーヒー焙煎ショップを開くことができました。お客さまの好みに合わせたブレンドで、独自のコーヒー豆の販売を行っています。コーヒー好きの総社市長のリクエストに合わせて仕上げた『総社ブレンド』も好評なんですよ」

元は診療所、その前は米屋だったという歴史ある建物を利用してコーヒー豆店をオープンさせた。コーヒーカップやソーサーは、解体される古民家に保管されていたもの。お店のインテリアにマッチした時代を感じさせる器だ。1杯300円。

 田村さんは、「豆Lab」の建物を借りているだけで、所有権は移行していません。このような魅力的な古民家も、所有者が適切に処理をしなければ、空き家として宝の持ち腐れになってしまいます。
 その点で、所有者と移住希望者を結びつけるNPO法人や行政が機能している総社市は、全国的に先進事例として注目されているのです。

 実は、この「空き家をスムーズに借りられるのか」は、移住者を増やしたい自治体にとっても、移住を希望する都市住民にとっても、重要なポイント。
 所有者側の心理として、「生家が空き家になったが、貸し出すことに抵抗がある」「貸し出すのはやまやまだが、どのように手続きをしたらいいかわからず放置している」といったケースが多く、需要供給バランスが保てていないのです。

店のシンボルともいえる刀傷。歴史的事件の記憶が刻まれている。

「市街地にありながら歴史ある古民家が格安で借りられたのは、移住を推進する市の支援策やNPOなどのバックアップのおかげです。リフォームは自由でしたので、店舗のデザインを含め、微に入り細に入りアドバスしていただき本当に助かりました」

 こうして無事に移住の目途がついた田村さんですが、「建物を借りるとき、『どのようにリフォームしてもいいけれど、この柱だけは残すように』と念を押されました」と、笑いながら1本の柱を指差します。
 それは、たくさんの傷がついた柱でした。

「実はこれ、刀傷なんです。この建物は、診療所の前は米商家だったそうです。大正時代の米騒動のとき、刃物をもった人が暴れて傷が付いたと聞きました。歴史を感じる条件なので、喜んでお受けましたよ」

 田村さんのこうした経験は、「『やりたい』と思っていることに今すぐ挑戦できるのが地方移住の魅力である」と、再認識させてくれます。

 同時に、こうした移住ができるのは、市が手厚く支援し、NPO法人が所有者と借り手を取り持ち、エリアの景観にマッチした店舗のデザインを含め経営のアドバイスなどをしてくれる総社市だからこそとも言えます。

(後編に続く)

文・撮影◎三星雅人

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