ひとの家見て、わが家を直せ。

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【第7回】家づくり、うまくいく人 いかない人(3)

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悩みリフォームレビュー

鈴木:それは、まだ私が30代の頃の話。当時60代のご夫婦から建て替えの相談があったの。

藤山:ご夫婦で住む家ですか?

鈴木:そう。以前は家族4人で住んでいたのだけど、子供が独立して出ていったし、古い建物で地震も心配なので、夫婦だけの住まいに建て替えたいという依頼。

藤山:はい。

鈴木:打ち合わせで話をするのは、ほとんどがご主人。奥さんは「ええ」とか「まあ」とか相槌を打つ程度。わりと反応が薄い方だった。歯切れが悪いというか、ノリが悪いというか……。ただ、どういう提案をしてもダメとは言われないので、これはこれでいいのかなと思いつつ図面を仕上げていった。そして最後に、「この間取りでよろしいですね」って奥さんに確認したら、「それでよろしくお願いします」と。

藤山:了解をいただいた。

鈴木:そう、そのときはそう思っていた。でも、いざ走り始めてみると、ちょこちょこ出てくるわけ。

藤山:何がですか?

鈴木:「ここに壁はないのですか?」とか、「このドアはカギが掛かるのですか?」とか、質問のような要望のようなつぶやきが……。壁というのはキッチンとリビングを隔てる壁のことで、対面式にしていたキッチンの片側に壁は付かないのかと聞かれたの。

藤山:対面式というのは奥様からのご要望ですか?

鈴木:いや、こちらからの提案。それまで対面式がイヤだとは一度も言われていなかったので、ちょっと違和感があった。それに、「壁はないのですか?」と聞かれたときも、それ以上は何も言われないわけ。全体的に曖昧な感じ。

藤山:なんか、モヤモヤしますね。

鈴木:そしたらその後、偶然ご夫婦の娘婿さんと雑談する機会があったのだけど、そこで彼がポロッと漏らしたわけ。「うちのお義母さんは朝から晩までお義父さんと一緒にいて、よく疲れないなと感心しますよ」って。それを聞いて、ハッとしたね。奥さんが壁の有無を気にしているのは、もしかして自分がキッチンにいるときくらい、ご主人の視界から隠れていたい、一人になりたいと思っているからではないかって。

藤山:おぉ。

鈴木:で、ご主人に内緒で奥さんに聞いてみたら、果たしてそのとおりだった。当時はまだ若かったから、その手の機微を感じとれなかったんだけど、その奥さんのように、本当は言いたくても言えない、いちばん言いたい要望を自分からは言えない人って、実は案外いるものなんだよ。

藤山:へぇー。

鈴木:その家は、全部ご主人の号令で動いていた。「母さん、お茶」「母さん、風呂」「母さん、寝るぞ」って。そういう生活を何十年も続けていたから、いい加減うんざりしていたんだね。だから自宅の建て替えは、奥さんにとっては一人になれる場所を確保できる千載一遇のチャンスだった。でも、ご主人と一緒の打ち合わせの場では……それが言えない。

藤山:あとからこっそり言ってもよさそうなのに……。

鈴木:それも言えない人というのが、稀にいるんだよ。無茶な要望ばかり出す人の対極に。

藤山:自分の家なのに……。

鈴木:要するに、片方がしゃべって片方がずっと黙っている夫婦というのは、何かあると感じとらなければならない。何かあるから押し黙っている。相手の反応が弱いときは、OKじゃなくてNOだからね。

藤山:人と人との距離感って、非常にデリケートな問題ですもんね。

鈴木:言葉ではうまく伝えられないもの。だから最近は、老夫婦の寝室は言われなくても最初から別々にしておくという設計者もいるじゃない?気を利かせて別々にしているわけだ。

藤山:老夫婦の場合は、「夫婦別寝」のほうが逆に仲良くなるっていいますよね。

鈴木:そうやって、間取りが距離感の微調整を図っているわけだ。

(つづく)

ひとの家見て、わが家を直せ。

鈴木信弘 藤山和久さん

(鈴木 信弘)一級建築士。神奈川大学工学部建築学科非常勤講師。1990年、横浜市に一級建築士事務所「鈴木アトリエ」を開設。収納・片づけに関するノウハウと生活者の視点に立ったきめ細やかな設計提案で世代を問わず人気を集める。2013年刊行の著書『片づけの解剖図鑑』(エクスナレッジ)は、散らかりにくい家のしくみを建築設計の視点で分析した“異色の片づけ本”として一躍ベストセラーに。いま注目の建築家の一人。

(藤山 和久)編集者。建築専門誌「建築知識」元編集長。2004~2015年、株式会社エクスナレッジに在籍。これまで延べ1,000人以上の建築士、業界関係者を取材。その豊富な経験をもとに、一般向け書籍でも数多くのヒット作を世に送りだす。2009年刊行の『住まいの解剖図鑑』(増田奏・エクスナレッジ)は、家づくりの入門書として絶大な人気を誇るロングセラー。著書に『建設業者』(エクスナレッジ・2012年)など。

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