陶磁器が彩る「美しい日常」[第3回]

やきものの技術をタイルに生かす

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やきものの技術を応用して器から建材まで

 尾之内さんが館長を務めるINAXライブミュージアムの位置する常滑は、六古窯の中でも歴史が古いやきものの産地です。

「常滑は、信楽や越前、丹波など、他の六古窯にも大きく影響を与えた場所です。常滑が発展した理由は、まずよく焼き締まるよい土があったからといえるでしょう。その良質な土を利用して平安末期には庶民が使う茶碗や皿などがつくられていましたが、その後、甕(かめ)や壺(つぼ)などの生活雑貨の生産が中心となり、大きく発展していきました。近代になると土管のような建築部材も作られるようになり、その中でタイルも製造されるようになったのです」

独特の黄色い外観が印象的だった帝国ホテルの旧本館。1923年9月1日、開館式の準備を進めるさなか関東大震災に見舞われるも無事だった。

帝国ホテル旧本館外壁のスクラッチタイル。細かく刻まれた溝(スクラッチ)が特徴。

 常滑がタイルの生産地として発展していくための大きな転機になったのは、東京の帝国ホテルの建造でした。設計したフランク・ロイド・ライトはアメリカを代表する建築家で、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に、近代建築の三大巨匠と呼ばれています。このホテルに、常滑のタイルが使われたのです。

 帝国ホテルは、当時は日本の外交の拠点としての迎賓館のような役割も求められていました。ライトは、そんな帝国ホテルを優雅に彩る黄色がかったタイルを求めていたのです。そして、当時常滑の陶工の一人であった伊奈初之丞・長三郎親子が製造していたタイルに目をつけました。そしてのちに2人は、「帝国ホテル煉瓦製作所」の技術顧問に招かれます。

「帝国ホテルには、表面にスクラッチのある焼き締めのタイルが使われています。このタイルの黄色こそ、ライトが強く求めた色味です。ただ、当時の技術でこの黄色を出すのはとても大変だったようで、数々の試行錯誤を繰り返し、やっとでき上がったタイルだと聞いています」

家庭でも広く使われた「本業敷瓦」。
(INAXライブミュージアム所蔵)

 こうして常滑の技術を使って生まれたスクラッチタイルを使った帝国ホテルは優美で美しく仕上がり、ライトが残した名建築として、大きな評価を得ました。

「実は帝国ホテルが竣工したすぐ後に、関東大震災が起こります。でも、帝国ホテルはもちこたえました。そこから、帝国ホテルに使われたスクラッチタイルという建材に注目が集まり、当時はちょっとしたブームになったそうです。その後の日本のタイル産業拡大のきっかけにもなった出来事でした」

 また、やきものを使ったタイルの製造は、常滑以外でも進められました。その例の一つが、六古窯の一つ備前に、江戸時代の岡山藩がつくった閑谷(しずたに)学校です。

「この学校は国宝で、見学もできます。屋根に備前焼のタイルが使われているのですが、備前焼ならではのタイルの風合いと、木材を使った建物との調和が素晴らしく、とても印象に残っています」

 その他、六古窯の中で唯一、釉薬を使った陶器を作ってきた歴史がある瀬戸には、「本業敷瓦」というやきものの建材があります。このタイルは、イギリスの硬質陶器質タイルを目指してつくられたもので、タイルという新しい文化を商売にするために、それぞれの窯がつくったものです。
 家庭の中では土間に敷き詰められたほか、瀬戸でつくられた染め付けの古便器と共に、トイレの床などにも使われていました。

「タイル」が生まれる前からやきものを建材に

 ところで、「タイル」という名前が使われるようになったのは大正11年からですが、日本にはそれより前から、やきものの技術でつくられた建材がありました。

「まず代表的なものは、屋根などに使われる『屋根瓦』ですね。その他、床などに敷く『敷瓦(しきがわら)』、長屋や土蔵などの壁に使われる『腰瓦(こしがわら)』にも、やきものの技術が使われています。東京駅では、レンガをタイルのような形で貼る『貼り付けレンガ』も使われていました。実は『タイル』という名前が生まれる前から、さまざまな形で、やきものは建材として使われてきたのです」 

 こうしてやきものから生まれたタイルは、近代に至り、性能もバリエーションも使用用途も大きく発展しました。そして、今では家やビル・マンション・店舗などの外装から、キッチンやバスルーム、庭などの内装まで、さまざまな場所に使われ、空間を美しく彩っています。

 第4回は、タイルの現在の使われ方や内装にタイルを使うことのメリットなどについて、ご紹介したいと思います。

(第4回に続く)

≪お話を伺った方≫

尾之内明美さん

INAXライブミュージアム館長。ミュージアムは愛知県常滑市にあり、やきものやタイルの展示や、ものづくりの体験を楽しめる。「世界のタイル博物館」「窯のある広場・資料館」「土・どろんこ館」「陶楽工房」「ものづくり工房」「建築陶器のはじまり館」の6つの館で構成。

文◎濱田麻美
写真提供◎INAXライブミュージアム、Shutterstock

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