
これまで2回にわたって「和」の家づくりの考え方や思いを熱く語っていただいた建築家の酒井哲さんは、数多くの作品を世に送り出しています。その中から3作品を紹介。百聞は一見にしかず、「和」の家づくりの大きなヒントになるはずです。
明治維新における欧化政策から戦後のアメリカ追随文化まで、建築においても「洋」一辺倒といってもいい流れがありました。そして「『和』と『洋』の境目がなくなり、核となるデザインを失ったときに登場したのが『和モダン』」と語るのは、数々の「和」のエッセンスを作品に取り入れてきた酒井哲さんです。
「和室は基本的に自然素材で構成された空間であり、普段の手入れが必要で家との関わりが密になります。障子(しょうじ)や襖(ふすま)を開けたり閉めたりすることでも、家との関わりが深まり、窓の開放感、戸外との程よい距離感、畳生活の視線の低さも和室の大きな魅力になります」
「個人がインターネットで世界とつながり、逆に日本的なものの不在に気づいて日本的なものへの関心を深める若い世代が増えている。『洋』一辺倒から『和』への回帰はこれからも進むのではないでしょうか」
こう語る酒井さんが大切にしているのは、奇をてらわず普通の暮らしを支える家づくり。「和」を非日常としてとらえる世界観ではなく、日本人の根底にある自然観「自ずから然りなり」に素直に寄り添うような建物を世に送り出しています。
【作品1】
この住宅は建築家・曽田甚蔵(ますだじんぞう JR高尾駅北口駅舎の移築設計を担当したと言われている)氏の自邸として、1930(昭和5)年に建てられました。
しかし1990年代になって10年以上も空き家の状態が続き、2006年の春には床も腐るほどの状態だったといいます。
そんな状況にあった旧曽田邸を購入したのが、現在の家主さん。凛とした佇まいに惹かれ、再生を決意したそうです。
依頼を受けた酒井さんは、「構造から造り付けの家具・建具まで、損傷状態を詳細に調査し、残すところと変えるところを決め、設計に着手しました」。
「残す」部分は、当時の姿に戻すことを目標にし、近代和風建築の魅力を再生しました。
「変える」ところは昭和初期の雰囲気を生かしつつ、耐震補強はもちろんのこと、現在の生活に即した性能まで住環境を改善させています。
アンティークギャラリー「路考庵」を付加し、伝統を踏襲しつつ和モダンな空間を創出しました。
こうして再生された旧曽田邸は、2010年、国土の歴史的景観に寄与している建物として、国の登録有形文化財になりました。
【作品2】
敷地は南北に細長く、南側の道路以外は住宅に挟まれた下町の住宅密集地。建て替える前は昼間でも電気をつけなければ足下も見えないほど暗い家だったそうです。「道路側に大きな開口部がほしい」、でも「人目や防犯性も気になる」。そんな矛盾を「格子引き戸」で解決し、下町情緒溢れる心地よい住まいにしたのが、この作品です。
建て主は地元で工場を経営している職人で、「入ってすぐにくつろげる部屋」「来客が入りやすい部屋」という要望に、格子引き戸から程よい明かりをとり、土間に設けた吹き抜けからは、太陽の光が和室まで届くようにしたそうです。
「程よい高さの小上がりに腰掛け、靴を脱がずにゴロッと一休みすることもできます。開放的な玄関土間と和室はプライベートゾーンと仕切れ、気軽に来客が入って来られる空間としました」
準防火地域の狭小地に建つ木造3階建てなので、準耐火構造や延焼の恐れがある部分の防火性能の強化など様々な規制を受けます。
しかし、「格子引き戸部分は内側のアルミサッシで防火規定をクリアしました。格子引き戸があると燃えやすいと思われがちですが、実は木格子が防火上有効に働きます」とのこと。格子引き戸は意匠面だけでなく、火事にも効果的な装置にもなるのだそうです。
【作品3】
「東京の下町に建つ事務所+倉庫併用住宅です。そんな家の建て主の要望は『てつがくモダン』な家がほしいというものでした。このようなテーマをいかに形にするかが、このプロジェクトの最も難しいところであり、また楽しい部分でもありました」
酒井さんは、自宅や職場を見学し、打ち合わせを重ねたうえで「てつがくモダン=素材の魅力を引き出した、廃れないデザイン」ととらえ、建て主のライフスタイルを住宅の中にデザインしたと言います。
「木造3階建てのため準耐火構造にしなければならない制約がありましたが、漆喰(しっくい)の外壁や、木材をあらかじめ燃える部分を見越して太くしておく燃え代(もえしろ)設計で防火性を確保しながら仕上げ材として用いました。煉瓦、鉄、和紙という素材感のある材料も加え、質実剛健の中にキラリと光るような『粋』と『艶』のある住宅が出来上がりました」
タウンファクトリー一級建築士事務所代表。
和風住宅に強く、「持続可能な家造り」を目指し、新築設計から和モダンや耐震・断熱、昭和・大正 レトロ住宅などのリノベーション、メンテナンスまでを手厚くフォロー。地域に眠る歴史文化遺産を発見し、保存し、活用して、地域づくりに活かすヘリテージマネージャーとしても活躍。たましん地域文化財団の「多摩のあゆみ」で建物雑想記を連載中。一級建築士、住宅医。
文◎森田健司 人物写真◎平野晋子
写真提供◎タウンファクトリー一級建築士事務所