連載 建築木材大図鑑[第3回]

凛とした香りと高い耐久性で、暮らしに安心をくれる「ヒノキ」

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木の種類ごとに、住まいの取り入れ方をお伝えする当連載。第3回は高級木材の代名詞、ヒノキを取り上げます。木材の選定から施工にいたる住宅プロデュースや、「開運!なんでも鑑定団」で木材関連品の鑑定を行う木材のプロ・村山元春さんからうかがったお話を中心に、紹介していきます。

ヒノキ風呂を五感解放の場に

 ヒノキといえば、ヒノキ風呂を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。ヒノキ特有の清々しい香りと木の温もりに包まれれば、疲れた心と体がほぐれて癒されます。

 ヒノキ材の特徴のひとつに加工のしやすさがあります。さらに、杉材などに比べて木目が控えめなので、触り心地もなめらかです。ヒノキの浴槽は、肌に触れた感覚がすべすべと柔らかく、湿気に強く水はけもいいので、風呂場に最適な木材といえます。

ヒノキは湿気に強く、水はけがいいため、浴槽材に適している。しかしヒノキ材は高価なため、ヒノキ風呂も「高級」というイメージが先行する。

「いつか自宅にヒノキ風呂をつくりたい」と憧れる人も多いと思います。
 ただ、気になるのは予算の問題。
 村山さんから、こんな提案がありました。

「浴室全体にヒノキを入れられないときは、脱衣室に採り入れてみてはいかがでしょうか。脱衣室の壁面に使うと、湯気があたったときに香りが立って安らぎますし、贅沢な気分も味わえます。節のある材を使えば、予算を抑えられますし、節の部分が空間のアクセントにもなるんですよ」

 もっと簡単にヒノキ風呂の気分を味わうには、ヒノキのアロマオイルを数滴、浴槽にたらすという手もあります。ヒノキの香りは安眠効果も期待できるため、ぐっすり眠りたいときに寝室にアロマをたくといった使い方もできます。

歴史を貫く構造材の力

伝統的な社寺・城郭建築にヒノキは欠かせない。2018年に再建された名古屋城本丸も、ヒノキ材を使ったことで話題になった。災害がなければ1000年間は持ちこたえるだろう。

 ヒノキ材が活躍するのは風呂場だけではありません。
「ヒノキは、他の木材と比べて狂いが少なく、強度があり、耐久年数が長いので、理想の構造材です。それに、神殿の建築を支えてきた特別な存在でもあります。木の色や木肌も美しいので、木材業界では“女王”と評されているんです」(村山さん)

 日本人は古くから、このようなヒノキの性質をよく理解して扱ってきました。たとえば、飛鳥時代に建てられた法隆寺の構造材はヒノキです。
 1934年に着手された法隆寺の大修理でも、1200年も昔に建設された当時のヒノキ材のうち、およそ6割を生かすことができました。

 これだけの長い年月を持ちこたえられたのは、樹齢千年以上の、植林ではなく天然のヒノキを用いたからです。ほかにも、腕ききの職人の存在や、ノコギリで挽かずに割って板をつくる技法が採られたことなど、さまざまな条件が重なり合ってのことだそうです。

 大修理の棟梁を務めた宮大工の西岡常一(1908~95)は、ヒノキの命の長さについてこう語っています。
「ヒノキは材になっても生きてますのや。千年たってもカンナをかけてやれば、いい匂いがしまっせ」

 揺るぎない強さで基礎を支えてくれるヒノキ材は、今の一般住宅の構造材としても頼もしい存在です。ゆったりと安心感のある空間を作り出してくれるのです。
 その事例として、村山さんが以前、柱にヒノキの角材をおすすめしたときのことを話してくれました。

「そのご家族の要望は『一階は柱を立てずに、広々とした空間にしたい』ということでした。普通の柱なら10cmの角材を使いますが、中心に柱がなくても強度に耐えるように、12cmのヒノキの角材を選びました。予算の関係から節のあるものを使ったのですが、あえて部屋から柱がみえるデザインにしたところ、ご主人から『自然な風合いが感じられて結果的によかった』という声をもらいました」

品格ある内装

 さらに、フローリングなどの内装材にヒノキを使うときのポイントについても、村山さんに聞いてみました。

「白い木肌が特徴なので、華やかな部屋になります。その反面、全体に無節のヒノキを用いると派手さが強調され、空間全体が白く、ぼやけた印象になりがちです。そこで、フローリングに使うなら、漆喰壁と組み合わせるとメリハリが生まれます。また、節のあるヒノキ材を選んだ方が、自然な味わいを楽しめますよ」

ヒノキは独特の白色が特徴。屋内に採り入れるなら、空間全体が白くなりすぎないよう、効果的にアクセントを加えるようにしたい。

 ヒノキを使った建築として最近、注目を集めたのが、東京・港区にある「とらや赤坂店」。3年間の建て替え工事を経て、2018年秋にリニューアルオープンしましたが、新店舗では内装に奈良・吉野産のヒノキをふんだんに使っています。

 しつらえの特徴は、天井や階段の手すりの支柱に、等間隔に入れられたヒノキの細板。これにより、軽やかで解放感が生み出されています。
 ヒノキのもつ品格と明るさ、軽快さが調和した空間で、家の内装にヒノキ材を採り入れるときのヒントになりそうですね。

癒しの香りが暮らしを豊かに

 ヒノキは身近な道具としても受け継がれてきました。たとえば、まな板です。
 抗菌性が高いことから、家庭だけではなくプロの料理人も好んで使っています。傷んでも表面を削り直せば、何年も使い続けられます。

 かつて、ヒノキのまな板を愛用する主婦の声を新聞で読んだことがありますが、そこで彼女は「何よりヒノキのにおいがうれしい。使った後、洗って立てておくと台所ににおいが広がる。朝、台所に立つとにおいがいい」と語っていました。(2004年11月17日付朝日新聞「まな板1枚で気分が変わる」)

スギ(上)、ケヤキ(左)と比べると、ヒノキ(下)の白さは際立つ。

 ヒノキの香りを嗅ぐとホッとする理由について、科学的な解明も進んでいます。
 学術誌『Journal of Wood Science』によると、ヒノキに多く含まれる“α-ピネン”という成分には、リラックス効果があるそうです。α-ピネンを嗅ぐと「休息の神経」とも呼ばれる副交感神経の働きが高まり、心拍数が抑えられるのだといいます。

 高貴でありながら、生活に密着してきたヒノキは、時代を超えて安心と信頼をくれる、日本の暮らしに欠かせない木材です。

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・参考文献◎『木のいのち木のこころ(天)』西岡常一著、草思社、1993年

お話を伺った方

村山元春さん

株式会社マテリアル取締役。東京・木場の材木問屋に生まれる。デザイン会社に就職後、家業の新規事業「日曜大工用のラワン材の棚板製造販売」を手伝うべく転職。その後、東急ハンズをはじめとするホームセンターにて、材木売り場のプロデュースなども手がける。現在は一般住宅から店舗・オフィスまで幅広くプロデュース。
著書『185種の木材辞典』(誠文堂新光社)、テレビ出演『開運なんでも鑑定団』(木の鑑定士)ほか。

文◎井口理恵 撮影◎加々美義人 画像提供◎Shutterstock.com

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