建築木材大図鑑[第1回]

2000年以上のお付き合い。日本人のDNAに刻まれた香り高い「杉」の空間

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住まいに身近な木材を紹介する連載がスタート。木の種類ごとに、その特性や住宅への取り入れ方に迫ります。初回は、日本固有の材木として、日本人の日々の生活を支えてきた杉を紹介。木材の選定から施工までの住宅プロデュースや、「開運!なんでも鑑定団」で木材関連品の鑑定を行う木材のプロ・村山元春さんから伺ったお話を交えながら、杉の魅力を取り上げます。

「杉」と聞いて、何を思い浮かべますか? 花粉症を連想して「やっかい者」と思う人も少なくないかもしれませんね。
今回はそんな方でも杉を見直してもらえる情報を紹介していきます。

 まず、杉は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで、世界中から注目される可能性のある木材です。というのも、メインスタジアムの新国立競技場で、47都道府県から集結した杉材が使われるからです(※杉が自生しない沖縄県からは、似た材質であるリュウキュウマツで代用)。
 “杉づくし”のアイディアは、日本全国の一体感を生むことが狙いのようですが、地方によって異なる杉の表情も楽しめそうです。

生まれた土地の個性が宿る

 人間は生まれ育った環境によって、言葉や生活習慣に違いが表れます。木も同様に、「出身地」ごとに個性があります。杉でいえば、秋田杉、春日杉、吉野杉、北山杉、魚梁瀬(やなせ)杉、屋久杉と、産地によって名前が異なり、それぞれ木の色や木目の特徴が異なります。

まだら模様が特徴的な屋久杉。天井板におすすめです。
(提供:村山元春さん)

 このことは、杉の二大ブランドである「秋田杉」と「屋久杉」の比較で確かめることができます。

 秋田杉は、木目がまっすぐできめ細かく、秋田美人を連想させる美しい木目が特徴。目が通って狂わないことから、建具の障子の枠や、天井の廻り縁などに適しています。

 一方の屋久杉は脂が乗っているため、ピタッとした肌触りになります。まだら模様の木目も印象に残り、住居で採り入れるときは、この特徴的な木目が全面に味わえる天井板がおすすめ。

 ちなみに屋久杉は、樹齢1000年を超えなくては名乗ることができません。そうでないと、この木目が現れないのです。1000年未満の杉は、同じ屋久島産でも「小杉」と呼んで区別されます。

 なお、杉は桧に比べ、安価で庶民的なイメージがありますが、産地ブランドの銘木となれば、桧を上回る高級品も珍しくありません。神代杉もそのひとつです。火山の噴火や地殻変動、天災により地中に埋もれ、腐ることなく永い年月を経たため、灰色がかった色に変色し、渋い味わいを感じられる希少な銘木です。

加工しやすく、扱いやすい木材

 実は、杉は日本にしか生えていない固有種で、古くから日本人の生活を支えてきました。その痕跡は縄文時代にまでさかのぼり、竪穴式住居にも杉の木が使われていたと考えられています。

 では、なぜ、杉が選ばれたのでしょうか?
 その理由は、加工しやすいからです。杉は幹がまっすぐ育つために割りやすく、道具が発達していない時代でも扱いやすかったのです。

 桃山時代にまで下ってみましょう。野趣あふれる杉の存在感にほれ込んで、茶懐石の箸に活用したのが千利休です。客を招く日の朝、吉野から取り寄せた赤杉を、千利休自らが客の人数分だけ細かく削ったという話が残っています。削りたての杉の香りを、客に楽しんでもらいたいという、心くばりの表れでしょう。

 杉の香りは、「ほんのり酸味がかった控えめな香り」と、村山さん。
 現在では吉野杉の赤身でつくった箸を「利休箸」と呼び、千利休の精神を引き継いでいます。杉は、“わび・さび”の文化にも通じているのです。

 また、伝統的に杉が使われる現場に酒蔵があります。日本酒は、杉材でつくった酒樽でないとうまく発酵できません。
「科学的なメカニズムはよくわかりませんが、杉材に含まれる精油の中に酒に木香(きか)を与える成分が含まれているので、おいしい日本酒ができるそうです。桧では、あの日本酒特有の味と風味は生み出せないというから不思議ですよね」(村山さん)

杉は経年変化を楽しめる木材

 日本人に寄り添い続けてきた杉の位置づけは、今も変わっていません。
 現代の住宅では、どのように活躍しているのでしょうか。

 村山さんが手掛けた空間を例に紹介しましょう。お施主さんは当初、「内装の柱に桧、壁に漆喰壁」という組み合わせを希望していました。しかし村山さんはあえて、千葉県の山武杉(さんぶすぎ/さんむすぎ)と、本聚楽壁(ほんじゅらくかべ=京都・聚楽第付近で産出された土を使った伝統ある土壁)を提案しました。

 建設当初、山武杉は白みがかった色でした。そのため「同じ白なら、桧にすればよかった」とお施主さんはもらしたそうです。
 しかし2年、3年と経過するとともに、山武杉の色が変化していきました。艶が出て、美しい木目が際立つ深い色になったのです。同様に本聚楽壁も、含まれる鉄分の成分が酸化し、風情ある色合いに。

村山さんが手がけた施工例。天井全体に山武杉を入れました。(提供:村山元春さん)

 こうして部屋全体が落ち着いた雰囲気となり、結果的に、お施主さんはこの調和を大変気に入ってくれたとのことです。

「このように木材を選ぶときは、現状だけで判断するのではなく、経年変化を視野に入れたり、ほかの素材との調和を考えたりすることが不可欠です」(村山さん)

 とはいえ、杉材を取り入れた部屋はどんな雰囲気なのか、自分の目で確かめてみたいものですよね。そんなときは、杉材をふんだんにつかった住宅に民泊するのもひとつの手です。
 家にいる時のように、くつろぎながら、直に触れて、嗅いで、全身で体感できるからです。

 たとえば、奈良県吉野町にある民泊「吉野杉の家」は、地元・吉野の山から伐り出した杉をふんだんに使った建築です。貸し主は、個人ではなく、地元の製材所や木工工場の跡継ぎ世代が中心となって活動するコミュニティです。
 吉野杉の木材の魅力を発信するとともに、地域を活性化させることが狙い。土地の職人たちが丹念につくりあげ、匠の技が行き届いた設計です。

床材にもピッタリの肌触り

 杉を内装材に選ぶ人は、どのような点に惹かれるのでしょうか?
 村山さんに聞いてみました。

「コストだったり、質感や色の好みだったり、さまざまです。しっとりとした木質と、はっきりとした木目が好みの人におすすめですよ。桧より色合いが暗めなので、落ち着いた雰囲気になります。
 機能の面では、湿気が多い時期には湿気を吸ってくれて、寒い季節になると水分を吐いて乾燥を防いでくれるので、フローリングに向いています」

 さらに、柔らかさも特徴。フローリングに使えば足の当たりも優しく、あたたかさがあり、1年中リラックスして過ごせます。
 ただし柔らかいぶん表面が傷つきやすいですが、小さな子どもがいる家庭は、子どもが転んでも安心だと、子育て世代があえて杉材を選ぶケースもあるようです。

 杉を知れば、日本のことが理解できることにもなります。次回は、木材の王様と呼ばれる欅を紹介します。

お話を伺った方

村山元春さん

株式会社マテリアル取締役。東京・木場の材木問屋に生まれる。デザイン会社に就職後、家業の新規事業「日曜大工用のラワン材の棚板製造販売」を手伝うべく転職。その後、東急ハンズをはじめとするホームセンターにて、材木売り場のプロデュースなども手がける。現在は一般住宅から店舗・オフィスまで幅広くプロデュース。
著書『185種の木材辞典』(誠文堂新光社)、テレビ出演『開運なんでも鑑定団』(木の鑑定士)ほか。

文◎井口理恵 撮影◎加々美義人 画像提供◎Shutterstock.com

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