空間にオリジナリティが生まれる回遊動線
お話をうかがったのは、回遊動線を取り入れたプランを多く手がける一級建築士の飯塚豊さん
新築や大規模リフォームのときに、最初に迷うのが間取りです。家族それぞれが必要な部屋や共有スペースを考えながら、立地の形や広さに応じて、どうしたら心地よく、使い勝手のいい間取りなるかと頭を悩ませる人も多いのではないでしょうか。
近年は、ライフスタイルの多様化とともに、間取りの多様化も目立つようになってきました。その中でも主流になってきた1つが、「回遊式間取り」だと一級建築士の飯塚豊さんは言います。
「昔の日本は、和室をふすまで区切るような民家が王道でした。廊下がないのでふすまを開ければ回遊しやすい動線でしたが、戦後、プライバシーの重要性がうたわれ、玄関からリビングへと廊下が続き、その左右に寝室や子供部屋などが並ぶ、欧米式の間取りが増えてきました。
1990年代以降になると、新築・リフォームともにオリジナリティが求められ、空間が多様化する『回遊式間取り』が注目されるようになりました。私自身も快適性を追求すると回遊式で設計するケースが多くなり、その数はほぼ2軒に1軒になります」
「回遊式間取り」とは読んで字のごとく、家の中をぐるっと回遊できる間取りのこと。その考え方は、「家の真ん中に廊下を引き、そのまわりに部屋を割り振る」という従来の設計手法とは対照的で、真ん中に何らかの空間や壁を置き、その周囲を動線とするものです。
ただし、「回遊式間取り」と一言で言っても、バリエーションは多彩だと飯塚さん。典型的な例は、キッチンと脱衣室(洗濯機置き場といったユーティリティ)、リビング・ダイニングといった水まわりを直線で結ぶ回遊式間取りです。最短距離で移動できて家事動線に優れているため、家事効率を上げたい主婦層からの支持が高くなります。
「家事と仕事の作業ができる家事室と、キッチン、パントリーなどをつないだ間取りや、キッチンと洗濯機が設置された脱衣室、クローゼットを結ぶ間取りなどを設計しましたが、いずれも家事の連携を良くすることが目的でした。住む人の行動パターンをイメージしながら回遊動線を考えると、使い勝手は格段に良くなります。単調な間取りではなくなるので、オリジナリティも生まれやすくなります」(飯塚さん)。
洗面室が回遊式になっていると、朝の身支度で混雑する時間帯でも、出入り口が2箇所あるので、各々が準備や家事作業をしやすくなります。水まわり以外だと、玄関周りも回遊しやすいエリアの1つです。
玄関土間と居室の両方からシューズインクローゼットにアクセスできる間取りなら、外出先から帰ってきた時に、靴や遊び道具、コートなどを収納に片付けてから室内に入ることができます。下の間取りはその例で、2つある玄関土間のうち上のほうを「収納」として使えるようにしています。
「意外に使える例として、回遊動線の一部にバルコニーや庭といった外部を含める方法もあります。キッチンやユーティリティ(洗濯機置き場)、リビングなどとバルコニーを結ぶ間取りです。回遊動線の間に外部を取り入れることで開放感が生まれ、一緒に住む家族の存在も不思議と気になりにくくなります」。
回遊式でストレスが溜まる!?
著書『間取りの方程式』の掲載事例を挙げ、回遊式間取りの考え方について解説していただきました
このように回遊式間取りは、独自性と生活利便性を高めるイメージがあります。その一方で、「だからといって安易に回遊式間取りを選択するのは危険。計画的に取り入れてほしい」と飯塚さんは指摘します。
「なんとなく面白そうだから、回遊式間取りを取り入れてみよう」という単純な発想では、利用しない意味のない回遊動線が生まれ、使い勝手の悪い住まいになる可能性があるからだそうです。
よくある失敗が、回遊させることを目的にしたプラン。本来であれば、「洗面脱衣室には、浴室とキッチンの両方からアクセスできると便利」などと理詰めでプランニングしていきますが、「この部屋には2方向から出入りできたら便利だろう」と、深く考えずに出入り口を作っても、次第に使われなくなります。
それに、回遊動線を優先するあまり、壁にしておくべきところに扉を設ければ、そのぶん家具を置いたり、収納を設けたりできなくなります。
また、あらゆるところに回遊動線を複数作れば、忍者屋敷のような複雑な間取りになってしまいます。ユニークな動線は鬼ごっこなどで遊ぶ子供たちは喜びそうですが、使いもしない建具のためにコストアップとなり、かつ収納もつくれないのなら、本末転倒でしょう。
動線が選択できたり、動線や間取りの自由度が高まったりするなど、回遊式間取りのメリットはたくさんあります。一方でそれは、回遊自体が目的になって、利用しない回遊動線や、不便に感じる間取りが生まれたりするデメリットとの表裏一体と言えるのです。
大事なのは、「目的地まで最短距離で移動できるように、適切な位置に回遊動線を作ること」と飯塚さん。「あっちからもこっちからもアクセスできるから便利!」という安易な発想ではなく、「どうすれば最短ルートになるか」「自分たちの生活パターンやライフスタイルをイメージしながら、利用頻度が高くなりそうなルートはどこか」などと検討したうえで、回遊式導線を採用するか否かを決めることが、快適に暮らせる間取りが見つかる近道になるでしょう。
(第2回に続く)
文◎高島三幸 撮影◎神出 暁 図面提供◎飯塚 豊
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