「農家の野菜スープ」の
シンプルなおいしさに衝撃!
フランス留学時代の志麻さんと、当時の食べ歩きの記録。
各家庭で調理をしてきた家政婦のタサン志麻さんは、いわば「キッチンのプロ」。
「これまでさまざまなご家庭で料理をさせていただきましたが、一つとして同じキッチンはありません」と言います。
そんなプロの眼でLIXIL製品の開発にお力添えいただこうと、2020年10月には、発売10周年を迎えたシステムキッチン「リシェル」のアンバサダーに就任いただきました。
「いろいろなキッチンに触れた経験を活かし、気づいたことや感じたことなどをキッチン開発にお役立ていただきたい」と、就任にあたっての思いを語ります。
志麻さんのキッチン使いのモットーは、フランス人から学んだ「楽しく料理し、楽しく食べる」という考え方だそうですが、そもそもなぜ、フランスと出合ったのでしょうか?
「きっかけは一皿のスープ。フランス料理は高級料理。その考えが、たった一皿でひっくりかえりました」
それは志麻さんが、和食料理職人になろうと調理専門学校でさまざまな料理を習うなか、フランス料理に取り組んでいたときのこと。
志麻さんが衝撃を受けたのは、「農家の野菜スープ」。
野菜をコンソメでくたくたになるまで煮たシンプルなスープでした。
「日本のスープは煮るだけですが、フランスのスープは、コンソメにしてもポタージュにしても、野菜を塩でゆっくり炒めたあとに煮ていきます。すると、野菜のうまみが引き出され、驚くほどおいしくなるんです!」
“衝撃のスープ”をきっかけに、志麻さんは「地方によって特色があって、歴史も深い」フランス料理の魅力にひかれていきます。
フランス料理の本を読みあさり、フランス語も学び始めました。18歳のときのことです。
「翌年にはフランスに留学したいと思うまでになっていました」
願いが叶い、通学していた専門学校のグループ校であるフランスの調理学校で学ぶチャンスを得、さらにミシュランの三ツ星レストランで修業の日々を送ります。
修業期間を終え、日本に戻って都内のフランス料理店で働き始めた志麻さんは、フランスへの思いをますます募らせます。
「フランスが大好きになっていました。当時は長時間勤務で、思うように自由時間が取れませんでしたが、それでも毎日2時間はフランスの勉強に当てていました」
休憩中もこの姿勢は変わらず、「30分休憩のうち20分はフランス関連の本を読み、残り10分で仮眠していましたね」
ちなみに「勉強」とは、語学だけでなく、フランス人の考え方、歴史、文化など多岐にわたり、フランスに関連する書籍を見つけたら即買いしていたそう。
「留学後もなお、知りたいことがまだまだたくさんありました。フランス文学は日仏両方で読み比べ、音楽もポップスからシャンソン、オペラ、民族音楽のミュゼットまで、片っ端から聴いていました。もちろんフランス映画もたくさん観ました。とにかくフランスに関係あるものはすべて吸収したかったんです」
食卓を囲んでワイワイ食べる
フランス流にひかれる
留学を終えてからもさまざまな“フランス”を学ぶなか、志麻さんが「いいな」と印象に残ったシーンが「家族で食卓を囲んでワイワイ食べている姿」でした。
帰国後の志麻さんは休みの日になると、少しでもフランス語を使いたくて、浅草など観光地に出かけてはフランス人に声をかけ、友人を増やしていました。
パリ郊外に住むご主人のご家族との食事。これが志麻さんの言う「フランス料理の食卓」だ。
「友だちと話していると、外食ではなく、家で家族と食べる食事をとても大切にしていることが伝わってきました。これまで書物や映画などを通じて感じていたことが『やっぱりそうなんだ』と合点がいって。あらためて、食事をみんなで楽しむ文化がすごくいいなと思うようになりました」
実は志麻さんは、“フランスで感じたフランス料理”と“日本でのフランス料理”に、「どこか違うな」と、悶々とした思いを抱えていました。
「当時、レストランでの仕事はとても楽しく充実していました。でも、お店に食べに来る人は、緊張していたり、落ち着かなかったり……。心から食事を楽しんでいないように感じたんです。日本のフランス料理店は、子どもは入店できなかったりもします。みんなが楽しめる料理のはずなのに、この風景は何か違うと、自分のなかで違和感が膨らみました」
専門学校の同級生は、独立して自分の店を持ち始める頃。
でも志麻さんは「自分の店を持つ」ことがイメージできませんでした。
「こんなにもフランスが好きで一生懸命勉強しているのに、なんで目標を持てないんだろう」という思いが大きくなり、突然店を辞めることに。
「お世話になった店に不義理なことをしてしまいました。もうレストランの世界に戻ることは二度とないだろうし、戻りたいとも思っていませんでした。でも、やっぱりフランス料理が大好きで、フランスの家庭料理をもっと勉強したい。それで、もう一度フランスに行こうと考えました」
フランス流の「家族でゆっくり
食事を楽しむ」を日本の食卓へ
「もう一度フランスへ」と決めたものの、時間とお金をすべてフランスの勉強につぎ込んでしまっていた志麻さん。渡仏のための資金を稼ごうと、フランス人がたくさん働いている飲食店を探し、アルバイトをすることにしました。そこで、夫となるフランス人男性と出会ったのです。
「フランスに家族ができたこともあり、まずは落ち着いて日本で仕事をすることにしました。何ができるかを考えたとき、料理からもフランスからも離れたくない。そして、もっとフランス料理を勉強する時間が欲しいと思いました」
そして思いついたのが「フランス人の家庭でベビーシッターや料理をすること」でした。
そうした仕事を探す過程で、家事代行のサイトを見つけて登録。
“家政婦”として働き始めます。
「最初は掃除の依頼がほとんどでした。自分の中で、これでよいのか答えが見つからずにいましたが、続けていると料理の依頼も来るようになりました。すると、料理レビューで感想を投稿してくださる人が増えてきたんです」
「料理がおいしい」という感想は、三つ星レストランでの修業経験、フレンチレストランで通算15年の勤務経験のある志麻さんにとっては、「当たり前のこと」。
「驚いたのは、“久しぶりに家族でゆったりご飯が食べられた”という感想をたくさんいただいたことです。世の中のお母さんは、家事も仕事もいろんなことを頑張っているのに、食事もゆっくりとれないのだと初めて知りました。それなら私がフランス人から教えてもらった“家族でゆっくり食事を楽しむこと”を叶えてあげたい。あ、これが私がやりたかったことなんだ、と気づきました」
子どもも大人もルールを気にせず、家でゆっくり、会話をしながら楽しく食べる。そのお手伝いを得意の料理で実現する――。
「この仕事に出会えて本当によかった」と志麻さんはほほえみます。
(第2回に続く)
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