料理家に学ぶキッチンづくり[case 3:前編]

ベトナムライフを満喫するキッチン~ちぇりさん

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 ベトナムに住んで10年になるというちぇりさん。日本からベトナムに移住するきっかけは、パートナーの転勤でした。

「私は日本で、食に関する情報発信をしたり、ホームパーティに出張して料理をつくったりしていました。そのため、彼のベトナム転勤が決まったとき、単身赴任にしようという話になったんです。ただ、ベトナムには訪れたことがなかったので、最初の2週間だけ一緒にいようかな、と彼にくっついて来たんですね(笑)」

 ホーチミンに滞在した短い期間で、ちぇりさんが驚いたのは、ベトナムの食の豊かさと奥深さだったといいます。

「ベトナムにやって来たときの印象は、“ともかく美味しい”でした。根が食いしん坊なので(笑)。ベトナムでは、牛骨や牛肉でとったスープを多用するんですが、これも美味しくて。それ以外にも、日本人に馴染みのある味わいがあったり、さまざまな野菜や肉など、ベトナムの食材の素晴らしさに触れたり。そして、何よりも、豊富な調味料の虜になりました」

ちぇりさんの料理。ココナッツネクターを使った海老の含め煮。

 一度日本に帰ったちぇりさんは、すぐにベトナムを再訪します。

「このときはビザを取って、ひと月。やっぱり、美味しい。さらにその次、今度は3か月のビザを取ろうというときに、待てよ、これはベトナムにずっといた方が楽しいんじゃないか? と思ったんです。彼がベトナムに来て10か月くらい経った頃でした。帯同ビザを取得して、日本の家は引き払い、完全にホーチミンに移住したんです」

ヨーロッパの影響が色濃く感じられる、
レンガづくりのアパート

 現在、ちぇりさんが夫婦で暮らす部屋は、ベトナムに来てから4軒目。最近、引っ越したばかりだそうです。

「中心街からは少し離れて、タクシーなら15分くらいでしょうか。レンガづくりの古いアパートで、120㎡くらい。広々としていて、いいですよ」

 キッチンは、コの字型のカウンター。ダイニングに面した部分はサービスカウンターとなっており、料理の盛り付けなどが楽にできるようなつくりに。右手奥には、IHのヒーターがあります。

IHのヒーターは炎が出ず、鍋だけが熱くなるので、すぐ横に棚を置くことができます。

「ホーチミンの中心街は、人口が過密状態で、住居用の土地が足りないんですね。なので、高層アパートが増えているんです。そういう建物は、なるべく部屋数を取りたいということで、天井が低い。しかし、このアパートは古いつくりなので、天井が高いです。ベトナムはフランス統治下にあった歴史があるので、ヨーロッパに憧れもあるんでしょうね。だから、戸棚も手が届かないくらい、高いところにあったりします(笑)」

都市ガスインフラがないホーチミン

 キッチンを含め、部屋は綺麗にリフォームされています。これも、リフォームを繰り返しながら、長い間住み続けるヨーロッパの流儀かもしれません。

「前の部屋にはガスコンロがあったんですが、ここはIH。使うのに慣れは必要ですし、2口なのがちょっと不便です。ホーチミンには都市ガスのインフラがなく、あってもプロパンガスで、ここは仕方がないかな、と」

 そうした事情は、街にあるお店でも同様でしょうか。

「飲食店なんかも、ローカルなお店はあまりガスを使っているところはないんです。お手頃なレストランは、みんな炭を使っています。炭遣いの名人が沢山いるんですよ(笑)。一方で、ホーチミンは今、世界中のシェフが集まってくる都市なので、欧米系の店はガスを使っているお店も少なくないでしょう」

 壁側には、ダブルのシンクがあります。

「ホーチミンでは、基本的に水道水は飲めません。レストランなんかも、大型の浄水器をつけているようです。わが家は、ウォーターサーバーを導入して、料理用、飲料用の水は、基本的にそこから使っています。冷たい水も、熱いお湯も出るので、おそばやうどんなどを茹でたときにも、きゅっと水で締められて便利です」

外食が一般的なベトナムでも自分でつくる

ホーチミンではバイクが大活躍!

 ホーチミンは、家庭でも外食やデリバリーが一般的なのだそう。

「外食やデリバリーの料理が、安くて美味しいんです。しかも、どの飲食店も、大抵デリバリーに対応している。市内は、バイクの後ろに乗るタクシーがとても多く、そんなサービスを利用して、デリバリーの配達もしているんですね(笑)。昼間、打ち合わせのために中心街へ行くこともありますが、渋滞がひどいので、バイクタクシーの方が圧倒的に速いです」

ちぇりさんが通うマーケットの風景。野菜や肉、魚などはすべて量り売り。生きている鶏やアヒルなども売られている。

 そんな文化の中でも、ちぇりさんはほぼ毎日、朝食と夕食は家でつくって食べるそうです。

「料理が大好きなんです。結婚するときにも、料理はすべて自分にやらせてほしい、と言いました。それ以外の家事、たとえば掃除などは、アパートが雇っているスタッフに週2~3回やってもらいます。どのアパートにも、こういうサービスがついているんですね」

 買い物も、楽しみのひとつとのこと。

「最近は、イオンなどの日系スーパーもできて、そういうところでは日本風に商品が並べてあります。けれども、やっぱり市場が楽しいです。新鮮な食材が豊富で安いし、見たこともない食材にも出会えます」

 ちぇりさんは、和食、ベトナム料理、中国料理、フランス料理と、さまざまなジャンルの料理をつくるそうです。そんなちぇりさんのレシピには、ベトナム由来の食材や調味料を経験しているからこその、味付けや手法が見られます。ベトナムに住むことで、料理の世界が確実に広がっているようですね。

豚肉の薄切りロール。塊肉ではなく薄切りのお肉を使うので、日本の家庭でも作りやすいレシピです。

「マーケットでの買い物は、本当に楽しいです。肉や魚はもちろんのこと、野菜もキロ単位で買います。新鮮で、しかも日本では見たことのないものが、たくさんあります。そういったベトナムならではの食材を使って、ベトナム料理、あるいは西洋料理、もちろん日本料理もつくります」

 郷に入れば郷に従え、というところでしょうか。
 Webで拝見するちぇりさんの料理は、どれも日本の食生活にも合う、美味しそうなものばかりです。

 後編は、ちぇりさんのベトナム生活に欠かせない調理道具や、出会った調味料などについて伺います。

≪お話を伺った方≫

ちぇりさん

ベトナム在住約10年の、匿名フードアナリスト。日本で1500軒、ベトナムで2300軒、合計3800軒以上の食べ物レビューを執筆。レシピ提供や雑誌への寄稿、飲食店のインスペクションなどの仕事をしている。ちぇりさんの料理レシピは https://cheritheglutton.com/ で見ることができます。

取材・文◎坂井淳一(酒ごはん研究所)

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