淡路瓦の産地を訪ねて [第1回]

土と人と炎が育む、島の瓦

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先日LXILオーナーの方の取材で訪れた淡路島は、実は日本瓦の名産地でもあります。島で産出される上質な土を原料に、江戸時代以降、当初は城や社寺などの屋根材として瓦の生産が盛んになっていったのだとか。400年の歴史を持つ、銀色に輝く美しい淡路瓦の魅力を探るため、島内を巡ってみました。

瓦なのに屋根にない?

島内を代表する淡路瓦(のし瓦)のモニュメント。約7万枚の瓦を使用。兵庫県南あわじ市松帆西路の『いらか公園』に建つ「青海波ピラミッド」。

 本州から明石海峡大橋を渡るとすぐに見えてくるのが、淡路SA。ここが、淡路瓦を訪ねる旅の最初の目的地です。なぜ高速道路のサービスエリアを訪問? その答えは多くの客が列をなしていた人気ショップ『スターバックス淡路SA店』にあります。このモダンな店鋪の壁面に淡路瓦が使われているのです。屋根でなく壁に? そうなんです。最近では屋根だけでなく、自然素材の安らぎと洗練を兼ね備えた景観材としても屋内外で大活躍。その人気のきっかけになったのが、この印象的な壁面使いでした。

淡路SAから明石海峡大橋を望んで。

「割りはだボーダー瓦」を用いた『スターバックス淡路SA店』の壁面。ユニークなテクスチャが目を引く。

屋根瓦は和洋500種以上

島の食材を生かした料理が人気の『ポンテメール』。自然な色ムラのある窯変瓦(スパニッシュ形)を屋根に使用。

 ちなみに淡路SAから連絡道路で直結する食のテーマパーク『淡路ハイウェイオアシス』にも、淡路瓦を使った素敵な建物があります。それがイタリア料理店『ポンテメール』。こちらはオレンジのスパニッシュ瓦が目を引く瀟洒な佇まい。2つの店舗は瓦の用途もテイストも異なりますが、共に淡路瓦の持つ可能性を存分に伝えてくれていました。

はじめまして、淡路瓦

 さて、SAを後にして向かったのは島の南西部、南あわじ市。ここが淡路瓦生産の中心地です。まずは基礎知識を伺おうと、淡路瓦工業組合のキーパーソンを訪ねます。淡路瓦の資料館『産業文化センター』で、組合専務理事の竹澤英明さんが笑顔で迎えてくれました。

「なめ土」と呼ばれる粒子の細かな淡路産粘土から、シックな輝きを放つ、いぶし瓦が生まれる。

 竹澤さんによると、淡路瓦の始まりは、関ヶ原の戦い後、1610年に姫路領主池田三左衛門輝政の三男・忠雄が淡路領主となり、築城・修築のため播州瓦の名工・清水理兵衛を呼び寄せ、瓦を焼かせたことから。

 現在、淡路は愛知(三州瓦)、島根(石州瓦)とともに日本瓦の三大産地の一つで、いぶし瓦の生産量は全国一。いぶし瓦とは、1576年に織田信長が安土城築城のとき、唐人一観が伝えた製法で、瓦表面に炭素膜で天然のコーティングを施した伝統的な銀色の瓦で、その発色の美しさには定評があります。主に近畿・四国・九州に供給されてきました。

理想的な屋根素材

『南あわじ市産業文化センター』(南あわじ市津井2285-4)では、再現した昔のだるま窯のほか、瓦産業に関わる展示品が多数。

 そのほか淡路瓦の長所を挙げると、耐火・耐熱・耐久性に優れ安全であり、長期使用が可能な分、他の屋根材に比べても経済的。また十分な防水性と適度な吸水性が両立するため、屋根材として冬場に結露が生じにくく、通気性も確保。そしてこれらのおかげで、自慢の美しさを長く保つことができるとのこと。驚くほど、その魅力は多面的です。

黒いぶしが新登場

黒いぶし瓦(左)は、いぶし瓦より高温で焼成し、燻化後、冷却時600℃の温度域で酸素を入れて瓦表面の炭素膜を燃やす。すると深くまで焼き込まれ、独特のマットな質感が生まれる。

 しかし、実は淡路瓦にも弱点がありました。それが瓦内部に染み込んだ水が凍結して割れる凍害の被害。このため従来は寒冷地での施工が難しかったのです。しかし数年前に、吸水率が低く強度の高い黒いぶし瓦を新たに開発。耐傷性・耐寒性が向上し、塩害にも強いため、日本全土から海外にまで、その需要を拡大できたそうです。さらにマットブラックの質感が古い街並みの瓦屋根にマッチするため、全国伝統的建造物群保存地区という新規顧客も獲得できました。

淡路瓦の最新形

淡路瓦工業組合(http://www.a-kawara.jp/)の竹澤英明専務理事。淡路瓦のさらなる発展のため広報・宣伝・開発事業などを統括。

 また昨今、地震や台風といった自然災害における瓦の危険性が指摘されますが、それに対しても阪神・淡路大震災以降、積極的に対応。耐風・耐震性能を高めた防災瓦を開発し、地震・台風に強い施工方法(ガイドライン工法)の普及とも合わせ、大きく改善を図っているとのこと。「伝統にあぐらをかかず、淡路瓦は挑戦を続けますよ」と教えてくれた竹澤さんの顔は、少し誇らしげでした。

いよいよ生産現場を見学

原土は200~300万年前の地層を形成する粘土。大きく赤土(左の一部)と青土があり、青土のほうがやや粘り気がある。

 竹澤さんに紹介していただき、次は瓦の生まれる場所を実際に見学させていただくことに。訪れたのは井上瓦産業。淡路でも有数の規模を誇る瓦メーカーです。井上幸治社長自ら、その生産現場を案内いただきました。
 初めは瓦の材料、原土の保管場所から見ていきます。現在、原土の採掘は島の南西部(洲本市五色町)のほぼ1箇所。その中でも場所によって成分が微妙に異なるので、同社では粘土業者3社から、それぞれ配合処理をした原土を仕入れ、土にコシを出すために自社で再ブレンド。製品ごとに使い分けているとか。瓦の質の大部分が原土で決まるとのことで、細心の配慮で行っています。

土からいぶし瓦ができるまで

原土をロールクラッシャーに通して捏ねながら粉砕。焼成後の寸法ムラを防ぐため、季節・天候に応じ水分調整を加え、バラツキを均一に。

真空状態にして空気を抜き、押し出した粘土板に灯油を塗布。これは成型の際に金型に土が付着しないための工夫。

 ここで原土からいぶし瓦が生産されるまでの工程を大まかに辿ってみましょう。まず再ブレンドした原土を粉砕・混錬して水分調整をした後、真空状態から板状にして押し出します。それに圧力をかけて成型・切断・乾燥させ、表面にはけ土を塗布。その後、いよいよ窯に入れて約1,000℃で焼成したところに炭化水素ガス(ブタンガス)を注入。燻化して冷却すれば出来上がりです。
  工程の大部分をオートメーション化にして品質管理を徹底している一方、随所には職人技を投入。社寺用の瓦など、大量生産ができない製品によっては、今も多くを手作りで対応しています。

プレスして成型された長い粘土板を一枚サイズに切断。乾燥の工程に送る。

季節の変化による歪みや亀裂が生じないよう室温約35℃、湿度90%以上で5~6日かけてゆっくり乾かす。

微粒子のクレーを水に溶いたはけ土を素地の表面のみに塗布。これは質感を滑らかにすると同時に、表にアク(赤さびなど)が出るのを防ぐ効果がある。

窯の中で1,000℃、約20時間かけ焼成してから900℃まで冷却し、密閉状態のまま炭化水素ガス(ブタン)を注入。すると表面に炭素膜ができ、いぶし瓦に。その後、約1日かけて冷却。

最後は熟練の技術者と機械とのダブルチェックによる検品を行う。

受け継がれる淡路瓦イズム

井上瓦産業(http://www.inouekawara.com/)の3代目・井上幸治社長。35年前に代を引き継ぎ、黒いぶし瓦や防災瓦など新しい瓦の製造にも積極的に取り組み、ビジネスを拡大。

 このように瓦が出来上がるまで、要する時間は最低でも2日以上。その間、土と人と炎との共創が400年もの間、脈々と続いています。さらに時代が移ろうと、品質へのこだわりは変わらず。瓦の可能性を広げる、新製品の開発を続けています。瓦1枚1枚に注がれる淡路の人の丹念な思いが、身近に伝わってきた旅の初日でした。次回は淡路瓦のもう一つの名物である、鬼瓦の制作現場を訪ねます。

(第2回に続く)

※LIXILは焼き物の里・愛知県常滑にて、明治中期に発祥しました。以来、ものづくりにこだわり続け、調湿・脱臭効果のあるエコカラットなども開発しています。詳しくは以下のページをご覧ください。


INAX ものづくりのはじまり

www.livingculture.lixil/ilm/terracotta/about/start/

エコカラット

www.lixil.co.jp/square/interview/voice_06/

文◎友永文博 撮影◎太田隆生

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